2021年04月03日に初出の投稿

Last modified: 2021-04-04

その昔、考古学少年だった小学校5年生頃だったと思うのだが、資料を探しに一人で大阪府の埋蔵文化財関連の施設へ足を運んだことがある。国鉄の京橋からバスで蒲生四丁目まで乗った記憶があるのだけれど、いまはそういう施設はないようだ。東大阪に住んでいた中学生の頃も、資料を見せてもらいに中央環状線がある若江岩田まで近鉄に乗って行き(これは学校へ通うときに乗ってるから、感覚としては単なる途中下車だ)、東大阪市の教育委員会が主催していた埋蔵文化財の調査会がある施設を訪ねた記憶もある。そのあたりは、瓜生堂遺跡などの大規模な遺跡があって、工事にあたって事前の調査発掘だけでも大変な規模があって時間がかかるので、専門の施設があったというわけだ。そこでは調査報告書などの出版物も販売していたので、中学生としては大枚を出して(もちろん親にもらったわけだが)A2版くらいの大型本である東大阪市の遺跡地図を購入した覚えがある。

僕が大阪府内の文化施設で特に東大阪市立郷土博物館に思い入れがあるのは、実際によく通ったというだけではなく、いまでも当時のまま残っているからだと思う。それ以外の埋蔵文化財関連の施設は、発掘調査が行われているあいだだけのプレハブ小屋みたいなものが多く、もちろん調査が終われば解体されてしまうので、わずかな記憶だけしか残っていない。枚方市の交北城之山遺跡や、神戸のハーバーランド建設地などで発掘のお手伝いをしたことがあるけれど、それらは既になくなって上には目的の建物があるため、僕らが作業した痕跡は調査報告に残る写真の他にない。

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