Scribble at 2021-09-06 22:43:26 Last modified: 2021-09-27 13:49:28

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引き続きビジネス書の話題を続ける。昨日から今日にかけて2冊を途中で読み捨てた(なので、これらもトップページの一覧には掲載しない)。

一冊は『「PULL」の哲学』(ジョン・ヘーゲル3世、ジョン・シーリー・ブラウン、ラング・デイヴソン/著、主婦の友社、2011)だ。2011年に訳出されたという点を差し引いても、いまとなっては軽薄にすぎる。結局、もともと有能な人間が自己プロモーションも駆使してチャンスや幸運を掴むという話を繰り返しているだけだ。有能でも「マーケティング」を怠ると埋もれてしまう。ネットが普及してからは、既存のブランドとか大会に優勝したという実績だけでは世間の注目を集められないので、著者らが言う「PULL」の力が必要だという。ただ、これを旧来のプロモーションや広告・宣伝という「PUSH」の力と対比しているのだが、しょせんは注目してもらえるきっかけを自分たちで作らなければいけないのは同じであり、プロモーションをやっている点では同じである。そして、その肝心の「PULL」というのは、あれこれと未熟な理解の生物学や社会学の屁理屈を並べているが、要するにパブリシティを獲得する肝はラッキーや偶然や伝手だと言っているようなものだ。

そもそも、インターネットの時代とやらになって素人が大企業と同列に競争できるなどという寝言が現在でも通用すると思ったら大間違いだし、そもそもおいて、それは勘違いなのだ。なぜなら、大企業と競争できるブランドつまり商材や品質を生み出すのは、〈有能〉なクリエイターや零細企業であり、彼らがウェブの口コミなどを使って大企業のブランドと肩を並べるということだからだ。そんな事例は最初から限られているし、どれがそれなのかは前もって誰に分かるわけでもない。世界中にいる殆どのクリエイターは、端的に言えば凡庸か無能であり、世界中でものを売っている会社や店の大半は、大企業や卸問屋から仕入れた出来合いの商品を売っているだけの小売でしかないだろう。

また、この手の本がしょせんはプロパガンダにすぎないのは、たとえば物事の優劣を簡単に短絡的な対比で語ろうとするところにもある。たとえば、知識の「ストック」と「フロー」などと言うが、われわれは最初からフローの知識で仕事をしたりものを創造することなんてできない。リーナス・トーバルズが C 言語を学ばずに Linux を開発できたとすれば、彼はどうやってそんなことができただろうか。ラリー・ペイジが高校レベルの数学で勉強をやめていたら、いまごろ Google はあったのか。蓄積された標準的なストックの知識だけではものを新しく生み出すのに不十分であり、それに新しいフローの知識が必要だというのは、実は殆どトートロジーでしかない。そして、重要な仕事というものは常に両方が必要なのだ。僕は、こうやって基礎や原則を「クリエーティブの足枷」だの何のと言っては、成功者たちが上り詰めたステージへの梯子を蹴り落としてから自分の意志で登ってこいと若者に言う連中というのは、はっきり言って無責任だし不誠実だと思う。こうして、読みながらムカムカしてきたが、こういう本もあろう。一つの収穫ではあった。アメリカにも無能のくせに本を書かせてもらえる、こいつらのようなそれこそラッキーな連中がいるのだな。

そして次に、これも残念ながら 1/3 くらいを読んだ時点で有意義さ(の予感)を全く感じなくなり、古本屋へ送ることにしたのが、日本では信奉者の多い稲盛和夫氏の『アメーバ経営』だ。恐らく京セラの内部ではもっと丁寧に教えたり研修に使っているのだろうから、一概に「京セラ一家」をどうこう言うつもりはない。

途中で読むのを止めた理由は幾つかあるが、まずはっきりしているのは、この本は僕らのような中小企業の経営者やマネージャが読んでも大して意味がないと思うからだ。社内の各部門を独立採算制として「社内売買」という体裁で個々に財務を管理させる組織論は、もちろん中小企業でもありうる。しかし、それは「中小企業」と言っても社員数が数百人から数千人のオーダーになればの話だ。こんな手法は、社員数が100人にも満たない企業では絶対に効率を下げる害悪にしかならず、ただ単に中小企業へ官僚制を持ち込むだけの話にしかならない。一定の業容がある大企業でしか通用しない組織論だと思う。

そして次の理由はこうだ。この手の、経営者が自ら経営の経緯や仕組みについて書く本というのは、どれもこれも必ず「経営は人が大切」だと判で押したように書くのだが、実際には人についての話が殆ど出てこないのである。そして、残念ながら本書もその一つだ。冒頭の 1/3 しか読まずに判断するのは気の毒ながら、会社の仕組みや組織の編成方法しか書いていない。アドバイスをもらった人物や投資家の話は出てくるが、待遇改善を求める若造の左翼社員は逸話として出てくるものの、会社の編制を組むときに協力したであろう従業員が全く話に出てこないのだ。部門別に独立採算制を敷くというアイデアは稲盛氏が一人で考えたのかもしれないが、それを「実装」するにあたって誰をどう説得したのか。そういうマネジメントの話が皆無なのである。これでは単なる成功談を時系列に沿って読んでいるだけだ。

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