Scribble at 2026-05-04 12:22:12 Last modified: unmodified
交渉や営業といった分野のビジネス書にも出てくるようになった言葉として、「アサーション(assertion)」という英語がある。もともと普通の英単語としては、「何かを事実だと言い立てる」だとか、「主張する」、「断定する」といった意味があって、"insist" に近くて強いニュアンスの言葉なのだが、コミュニケーションについて語られる昨今の脈絡では、相手の立場を考慮しつつ自分の言いたいことを相手に言うという、何ほどか巧妙な話し方やレトリックのこととされているようだ。本書は、もちろんタイトルから分かるように、女性がどうやって自分の言いたいことを言いにくい状況で相手に伝えるかというテーマなのだが、もちろん本来は女性がそのような配慮をしなくて済むことが望ましいので、いわば暫定的・過渡期的な、方法論あるいは処世術の話題だと見做せる。ただ、弱い立場の人がどうやって自分の意見を言うかというテーマは、何も女性だけに限られるわけでもないので、他の立場、高齢者、障碍者、未成年者、未就労者、(原住民に対する)外国人、(教員に対する)学生、(上司に対する)部下、(親に対する)子供、それから場合によっては逆に女性に対する男性などにも当てはめられるかもしれない。
ただ、このような本にありがちな傾向として、話題あるいは解決するべき課題を単純化したり、それからフレーミングによって他のありえる選択肢や話題を無条件に除外したりするものだ。これは、著者が未熟だからだったり、編集者が未熟だからだったり、あるいは逆にどちらかが巧妙に編集しているからだったりするので、悪意があっての短絡なのかどうかは分からないことがある。また、そういう短絡が「悪いこと」であるかどうかも自明ではない場合があるので、やはり原文をきちんと読んで幾つかの可能性を想定しながら議論を理解したり整理するべきであろう。
まず、本書では女性が何かを主張するときのパターンを四つに分類している。一つめは、常に勝ち負けにこだわり、他者を貶め、支配することで自己を保とうとする「攻撃」タイプ。二つめは、決断や責任を避け、被害者のように振る舞い、他者に譲って我慢してしまう「受身」タイプ。三つめは、直接的な対立を避けつつ、罪悪感を利用したり、遠回しな嫌味で他者をコントロールしようとする「操作」タイプ。そして四つめが、自分自身も他者も尊重し、率直かつ正直に自分の感情や要求を伝え、自分の人生の選択に責任を持つ理想的な「アサーティヴ」タイプだという。そして、このアサーティヴなパターンを遂行するためには、伝統的に女性の多くが刷り込まれがちな、相手を思いやる母性的な配慮や遠慮、あるいは逆に万能であろうとする完璧主義という、両極端の思い込みから脱することが求められている。
これは、恐らくは正しい。なぜなら、これこそが僕の常々言っている「自意識」であり、他人からの評価でもって自分のアイデンティティを組み上げたり維持するという倒錯に他ならないからだ。確かに、アイデンティティは他人とは無関係に自律するわけではなく、他人からの評価や、他人からの評価に自分がどう対応するべきかという方針も含まれるわけだが、そもそもアイデンティティが必要である事情なり理由においては、まず自分自身の何たるかを決める自立性が第一の原則であって、犬が尻尾に振り回されるような話になってはいけない。