Scribble at 2025-11-05 21:18:02 Last modified: 2025-11-06 07:38:45

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ブレンディ

もう、何年前からだろうか、うちでは『Blendy』のノーマルを愛飲していて、たまには輸入食材の店で豆を買ってきて挽いたりもするのだが、自宅で飲んでいるのは『Blendy』が8割だ。残りの2割の多くは、夏場に飲んでいる麦茶である。

そういうわけで、ここ1年くらいのあいだに『Blendy』の値段が倍ほどに上がっているのは、非常に困る。もちろん、中小企業のサラリーマンなんて給料が倍になるどころか、そもそも上がることすら珍しいのであって、ベース・アップが何パーセントなどと NHK が歳時記のように喋っているのは、彼らの視界に入る「労働者」と言えば、東京の新橋や虎ノ門あたりの大企業に勤める労働組合員だけだからだ。ああした「プロレタリアート貴族」どもは、自分たちが労働者の典型だと思いこんでいるらしいが、世の中の大半の労働者はインフレになったからといって給料なんかびた一文もあがらないのである。

確かに、実質的に手取りを増やすために、新しい職を探すときに条件として色々と良い待遇を加えて期待することは・・・勝手にできる。頻繁に退職と就職を繰り返しているアルバイトや日雇い労働者や派遣社員なら短期間で条件を変えて就職活動できるわけだが、リバタリアンが夢想するように正社員までもが流動化して一緒に有利な条件の働き口を探せば、採用する側は正社員であろうとなかろうと辞められては困るから手取りが増えるかと言えば・・・実際にはそんな世の中にはならない。そもそも、雇用の流動化で求職者の手取りが増えるなどと言っている人間は、採用において求職者の側が有利であり、選択の余地は求職者の側にあると決めつけているようだが、実際には逆である。どれほどマスコミが「人材不足」を叫んで求職者の方が有利であるかのような印象操作をしようと、いつでも採用する側に選択の余地があるのだ。転職する人たちが求めるような条件で求人しているなら、そういう企業には常に複数のエントリーが集まるので、どう考えても選択するのは企業側になるからである。これは、不景気だろうとインフレだろうと売り手市場だろうと関係がない。これこそ、現実の経済学というものなのだ。

ともあれ、なんだかんだ言って『Blendy』の 200 g パックが業務スーパーのような店で700円弱であったものが、1年経つか経たないかのあいだに1,000円を超えるようになり、他の店やアマゾンでは1,500円に迫る値上がりとなっている。たぶん、これからは飲む回数を減らすとか、他の安い飲み物(例えば、同じ分量で400円もしない『ミロ』に替えるとか)も検討しなくてはいけない。

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