Scribble at 2025-09-27 11:53:59 Last modified: 2025-09-27 12:00:01
上のスクリーンショットは Reuter のサイトで表示されるウェブ・ページだ。"Britain to introduce compulsory digital ID for workers" という、これはこれで取り上げるに値する話題を報じているページなのだが、このところ国内外を問わず、報道メディアのウェブサイトで表示されるページが、ことごとくこういうレイアウトを採用しており、subscription すれば読みやすくなるのかどうかは分からないが、とりあえず現状ではウンザリさせられる。これでは、こんなページにアクセスするよりも、このページのコンテンツを食い散らかしてる生成 AI に質問するなり、「今日の話題は?」などと聞いて適当なヘッドラインを並べてもらうほうがマシではないかと思う人々が増えても仕方ないと思うんだよね。
つまり、現今の報道メディアのサイトは自殺行為を続けている。こういうページが嫌で subscribe する人が増えればいいが、そういうわけでもあるまい。いったい、複数の報道メディアに購読料を払うか、そういう生活習慣がある人なんて限られているし、そういう人々に限って高齢者の金持ちだったりするから、依然として印刷物の雑誌を買って読んでいたりするものだ。
僕にしても、もう最近は報道メディアのページを読むときに、途中に挟まれている図表や埋め込みの動画ですら、広告だと思って無視するようになっている。仮にそれが記事の添付資料だとしても、ひとたびそういう断定基準を習慣づけてしまったら、なかなか改めるのは難しいものである。もちろんだが、これもまた考えようによっては「差別」の一種であり、改める必要があるとも言える。でも、商業製品や商用のウェブサイトについては、僕は消費者には「差別や偏見で商品を断定する権利がある」と思う。そもそも、ヤコブ・ニールセンの6秒ルールとか何とか言われているものにしても、考えようによってはコンテンツの制作された経緯やコンテンツがもつ重要性を無視して有用か無用かを断定する差別なわけだが、それを安物の道徳や誠実さに訴えて非難する権利は誰にもない。