Scribble at 2022-08-20 09:19:02 Last modified: 2022-08-20 09:24:07

添付画像

The story of the first "computer bug"... is a pile of lies.

上記のブログ記事は、情報科学、あるいはコンピュータ科学(と間違って名前を与えられた。どうせなら "computer science" よりも "computing science" の方が、まだマシであろう)やソフトウェア開発の業界では「神話」の域にあるとすら言える物語の再考である。コンピュータの意図しない処理結果の原因を "bug" と呼ぶのは、1947年9月9日にグレース・ホッパーが Harvard Mark II (Aiken Relay Calculator) という電気機械式の計算機で見つけた蛾が由来であるとされ、コンピュータの歴史や概念について書かれた数多くの(殆ど全てとすら言っていい)本や論文で紹介されてきた。しかし、この記事では下に列挙する二点の理由から「神話」が間違っている(fake とまでは言っていない。意図があったかどうかは不明であろう)と論じる。

・ソフトウェア工学を含む工学全般で「バグ」という言葉が使われるようになった由来は他の事実にある。

・Harvard Mark II の内部に蛾が紛れ込んでいたのを見つけた(もしくは報告した)のは、グレース・ホッパーではなかった。

まず第一に、工学で装置の欠陥や誤動作の原因を意味する「バグ」という言葉は既に広く使われていた。19世紀のエジソンですら、自分の装置に見つけた不具合を「バグ」と呼んでいるという明白な事実がある。既に19世紀ですら「バグ」という言葉はエンジニアであれば誰でも知っているような業界用語だったのだ。そして第二に、ログ・ブックの筆跡鑑定すら行われて、Harvard Mark II に蛾を見つけたと報告を書いたのはグレース・ホッパーではないことが明らかになっている。

ただし、問題の蛾を見つけたのが誰だったのかは明らかでないらしいので、計算機に(バグではなく)蛾を見つけた人物がグレース・ホッパーだったのかどうかは、確たることが言えないと思う。しかし、何にせよ数多くの著作物に書かれている「神話」には根拠がないし、根拠がないどころか事実でもない話をえんえんと又聞きでアメリカ人ですら繰り返しているという事実(これも動かぬ事実だ)を見ると、あれほど綿密に査読や編集をやるアメリカの出版社ですら、こんな簡単なことすら warranting なり verification の手続きをとってこなかった(しかも、膨大な数の著作物を出版する著者や編集者の誰一人として!)ことが分かる。こういうきわめて杜撰な事実を目の当たりにすると、アメリカの出版社に比べて遥かに査読も文章構成の緻密さも、そしてそれを裏付ける学識も劣っている日本の出版社の編集者では、ロクでもない著作がやっつけ仕事として乱造されるのもむべなるかなという気がする。

なお、ログ・ブックで蛾を記録した人物は、これまで「バグ」が機器や装置の問題を意味していたことは知っていて、それゆえ上に添付した写真のとおり "First actual case of bug being found." と書いたのだろう。つまり重要なのは "actual" という言葉にあるという点を正確に理解すれば、この事例は由来の話とは別の脈絡で適切に使える筈だ。

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