2021年09月13日に初出の投稿

Last modified: 2021-09-13

さきほど本日の読書として予定していた、クリステンセンの『明日は誰のものか』を手にとって眺めていたのだが、これは興味があれば読めばいいというていどの本としてスキップすることにした。本書は、簡単に言ってしまえば投資家が読む本だ。どういうイノベーションが買いで、どういうイノベーションが口先だけのガラクタなのかを分析して判別する方法を書いている。したがって、それを利用するという観点からはオンライン・サービスの事業者で部長をやっている僕にとっても有益な内容には違いないが、正直なところ僕らはユーザ企業として、それが「イノベーション」だから採用したり契約するわけではない。それが現状の当社なり僕自身にとって〈有益〉だからこそ、採用したり契約するのだ。営利事業として成立してもいないアイデアの段階で、僕らがそういうイノベーションとやらを買ったり利用することはない。企業人、とりわけ中小企業の役職者は、そんなものに手を出すほど暇でもなければ、潤沢な予算を持っているわけでもないのだ。

ということで、次に手にとったのが『ITにお金を使うのは、もうおやめなさい』という、ニコラス・カーの有名な本だ。アンドリュー・キーンみたいなアンチ IT の「パフォーマー」と言うべき人物の著作物とは違って冷静に書かれている本ではあるが、結局のところ言っている内容は、僕らのような〈まともなレベルのIT人材〉から見れば、大したことはない。

そもそも、a) IT と、b) コンピュータを使うということと、そして c) オンライン・サービスを利用する業務という3つを区別せずに議論することからして、間違っているのだ。大半の企業は、c) のステージでオンライン・サービスを業務に利用しているユーザだ。パソコンを使っているのは単なる偶然にすぎない。その証拠に、いまではスマートフォンやタブレットでも営業活動ができている。企業経営者の多くは、いっときはノート・パソコンを使っていたが、もう最近はスマートフォンだけでいいという人もいるので、b) についても「パソコン」という特定の機器を前提に仕事を考えていてはいけない。そして、a) については、仮に業務でコンピュータやオンライン・サービスを必要不可欠な物品や手段として使っている企業であろうと、その殆どは IT というステージの理論とか技術とは関係がないし、そこでの動向によって業務や事業が左右されることもない。例えば、HTTP/2 が HTTP/3 に移行した(それどころか、大半の企業ではプログラマやネットワーク・エンジニアですら HTTP/2 の知識がないと思う)としても、事業や業務が変わるなんてことはないだろう。

昨今の DX というフレーズの流行にも同じことが言えるのだが、企業として着眼し投資すべきなのは、実際のところ IT という理論や知見でもなければハードウェアでもないし、それどころかオンライン・サービスとして高額なプランを契約するかどうかという話ですらない。実際には、オンライン・サービスを利用したり情報をコンピュータで処理させることによって、自社のビジネス・プロセスや経営判断を効率化したり合理化できるなら、その方法を選んで適切に実装するための教育をすること、あるいはそのための人材を探すことに投資するべきなのである。ハードウェアとしてのパソコンやサーバがコモディティ化したとか、新卒の殆どがエクセルを使えるとか、そんな些末な話で優位性がどうこうと言っていても意味はない。この手の議論を巡って起きる論争は、原理原則や理論の有効性と、それらの応用についての有効性とを区別しないまま展開している雑なお喋りにすぎない。他の分野でも、たとえば社会学の理論は古典から現代まで有効なものがあるけれど、個々の応用として僕らが書店で見かける社会学の本は、どれもこれもセンチメンタルでクズみたいなものばかりだ。中には、小説すらある。しかし、だからといって「社会学なんてどうでもいい(sociology does not matter)」とは言えまい。

本書へ一斉に反論しているコンピュータ業界の人々にしても、特定のアプリケーションが有用かどうかなんてどうでもいいが、IT という理論には可能性があると言いさえすれば終わるものを、必死になってコンピュータやソフトウェアにまで援護射撃をしようとして、空虚な論争を続けてしまっている。そして、碌でもないハードウェアや未熟な設計のソフトウェアを多くの顧客に買わせて、自分たちで自分たちの商売を貶めるような結果を出してしまっている。

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