2018年05月09日に初出の投稿

Last modified: 2018-05-09

Rise and fall of the Windows Empire

この記事で掲げられている Windows 用マシンのシェアが落ちていることと、Android 用のスマートフォンのシェアが伸びていることは、もちろん同じプラットフォームどうしでの比較ではないにしても、僕らが「アプリケーションを利用するシーンや手段」という切り口では比較できる。そして、多くの人はパソコンなんて必要としなくなっているという事実を表しており、これはこれで自然なことだと思う。

いまでは多くの家庭にパソコンがあると思うけれど、実際のところ自宅のパソコンでアプリケーションを使うという用途の他に、プログラミングなんてしてる人は殆どいないだろう。僕らのような職業人ですら、プライベートに何かの開発プロジェクトに参加でもしていない限り、自宅ではプログラミングなんて殆どしない(Quiita などに掲載するネタのためだけにコーディングしたり開発するなんていう、学術的に言っても技術的に言っても、あるいは経済的に言っても実は生産性がまるで無いことをやっている子供は都内にたくさんいるようだが)。

アプリケーションという道具で「何かをしたい」というのが大半の人々の目的なのだから、パソコンというものが、高価な割に使い勝手も悪く、代わりに手軽な代替手段があるなら、どんどんそちらへ人が流れていくのは当然だ。たとえばゲーム一つをとっても、Steam などを採用してスマートフォンとパソコンの両方で遊べるタイトルが増えてきているが(つまりスマートフォンのスペックがデスクトップ・パソコンに追いついている)、スマートフォンはそもそも携帯電話として持っている人が大半の状況で、わざわざデスクトップ版をプレイしたいというだけでパソコンを買う人がどれほどいるだろうか。いまでは、研究者が使う科学技術計算のソフトウェアですらスマートフォンで動くアプリケーションが利用されているくらいだ。

僕はこれは「自然なこと」だと思うし、更にはそうなっている方がよいとも思う。たかだかアプリケーションが使えるくらいで「デジタルネイティブ」などと言われてきた小僧どもの化けの皮が正しく剥がされて、自分たちは「ユーザ」にすぎず、システム開発もデザインも全くできないことを自覚した人が増えてくれば、我々のようなプロのデザイナーや開発者の価値も再び上がるかもしれない・・・が、もともと日本は高値だった時代などないので、それなりの能力をもつ人材がごく当たり前に年収 1,000 万円とかになる時代は、たぶん中国や韓国にでも行かないと、こんなジリ貧の辺境国家では無理かもしれない。

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