Scribble at 2021-10-08 12:04:34 Last modified: 2021-10-08 12:13:59

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ビル・ジェンセン『シンプリシティ』(吉川明希/訳、日本経済新聞出版、2000)

本書は、日経が2000年に刊行を始めた「日経ビジネス人文庫」というレーベルの初回刊行書の一冊だった。他に、ビル・ゲイツの『思考スピードの経営』や、ポール・クルーグマンの『良い経済学 悪い経済学』なども同時に刊行されていて、本書は別のビジネス書でも言及されることがあるくらい、一定の読者は得た著名な作品なのだろう。しかし、冒頭の100ページくらいまで読んだ感想としては、これも〈僕が〉読む必要のない本だ。『ティール組織』や『U理論』といった宗教書ではなく、丹念に調査を経た末の真面目な議論を展開している著作だとは思うが、少なくとも僕の立場とか境遇とか目的には合致していない。

第一に、この本は従業員数にして1万人を超えるような大企業の executives, board members クラスにしか扱えない。部長や係長ていどの職位で何をやっても、上に対する提案としてはともかく、事業部の規模で何かを実行できるようなスケールの話をしてはいない。なぜなら、本書は部署や職域単位の部分最適化では意味がないことを提唱しているからだ。しかも、僕が読んだ限りでは従業員数にして数千人ていどの業容だと現れてこない「複雑性」に関連する話題だと思う。よって、僕のように50人ていどの中小零細企業の部長として本書を読んでも全く参考にならない。ここで書かれているような「複雑性」による弊害が実際に業務や利益に大きな影響を及ぼすほどの事業スケールではないからだ。中小零細企業であれば、こんなことよりもずっと切実で、先にやるべきことが幾らでもあると言いたい。

第二に、本書が提唱している複雑性への対抗手段は、「知」「感」「用」「行」「成」と呼ばれる、なんだか武田信玄になったかのようなスローガンでまとめられている。しかし、まず直感的に妥当性を全く感じない。いや、寧ろ当たり前のことを言っているようにしか思えないのである。本当に重要なことだけを、必要な手段だけをもちいて実行せよ。これが「シンプリシティ」だと言われれば、確かにそうではあろう。でも、それは「社の方針に従って仕事を的確にやれ」という表現を言い換えただけではないのか。また、組織というもの、とりわけ近代的な商法によって規制されている企業というものは、耳飾りをせっせと作っていればいいものではない。いくらシンプルにと言っても、限度がある。江戸時代の錺(かざり)職人とは違って、税金を納めたり(財務)、破損したら修理したり(サポート)、職人の作業環境を整備したり(人事)、あるいは憎き越後屋を背後から襲って暗殺しないまでも憎き不良品を低減させる(品質管理)必要があろう。いくら仕事をシンプルにすると言っても、業容によって限度がある。

正直、こんな本を大人になってまで感心して読んでるような人たちは、まともな水準の役職者にはなれないと思う。仕事、なかんずく世の中なんて、思春期が終わったくらいの人間なら単純な正義感や明解な方針だけでは解決しない複雑なものなのだと理解しているのが当たり前であろう。そこをどうやって、企業の理念だとか事業部門として限られた KPI に沿って運営していくのかが役職者の職務であり、「シンプリシティ」を維持して部下の動機づけや業務スタイルが拡散しないように維持することは、部門長が最初から担っている職責なのだ。

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