Scribble at 2025-03-11 07:58:16 Last modified: unmodified

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6億円の損失を出しても、客は戻ってくると信じていた…スタバが「7100店舗を一斉休業」した時に看板に書いた内容

経営にかんする、この手の場当たり的で些末な話というのは、それこそ『プレジデント・オンライン』がメディアとして継続するための前提となっていることでも分かるように(ネタがなくなったり、それこそ経営の本質や決定的な「答え」があれば、こんなメディアを続ける意味はない)、社会科学全般にも言えることなのだが、決して物事が単純ではなく、そして対策も一通りではないという事実に依存しており、つまるところ我々は永遠に何も解決できない可能性があるという、メディアや出版社やコンサルにとっては誠にありがたい事実に依存している。したがって、社会学者はいくらでもあちらこちらのエピソードを集めて本が書けるし、経営学者も永遠にビジネス本が書ける。そして、ひとまず「成功」を手にした人間は、既得権益として後から来る起業家や新卒の学生に Abema などの番組でいくらでもマウンティングできるというわけである。

もちろんだが、多くの経営学者や社会学者は少なくともハーヴァードや京大の教授までしてるくらいだから、そのことをよく知っている。そして、僕がいまこうして書いているようなメタ・レベルの議論も既に数多く書かれていて、それでいながら何の改善や変化も起きていないことを知っている。活字離れと言われて久しいものの、なんだかんだ言っても本は売れるし、上のようなメディアが急激に数を減らしている事実もない。次から次へと新しい客が「新卒サラリーマン」として続々と産業界に加わり、そして不可避的とも言える未熟さや無知無教養さによる不安や失敗から、この手のメディアやビジネス本に手を出すという構図は変わらないわけである。どうしてこういう構図が変わらないのかと言えば、答えはかなり単純だ。それは、本来なら相談するべき周囲の上司や大人も凡庸な人々だからである。どれほど社内で会議やフィードバックを続けても、やっている側が凡人なのだから成果など出るわけがない。そして、上のような些末な事例を並べ立てて、たまたま首尾よく成果を出したとしても、僕らのように経営の歴史をもっと長いスケールで調べたり知っている人間は、いやスタバの場合は最近の動向を知っているだけでもいいが、こういう記事で書かれている「成功」が一時的であり、たいていの企業はどのみちライフサイクルの終点に向かっている事実に変わりはないことを知っているわけである。実際、上の記事では業績を回復した話だけしているが、いまスタバは(イスラエル寄りの姿勢を表明したせいで、特に中東で)ボイコットされていて逆に経営の危機にある。このボイコットは1年以上も前から起きているわけで、この記事を書いた時点で著者らがスタバの業績悪化を知らなかったなんてありえないわけである。目先の利益を追求して失敗した後に業績を回復したというストーリーを語る人々が、しょせんは例外的で偶然のストーリーという目先のネタを弄んでいるにすぎないという点は、改めて強調したい。

かように、僕は基本的に大半の経営学者や経営コンサルや経営評論家というのは、ハーヴァードで教えていようと何百万冊を売った本を書いていようと、馬鹿かもしくは詐欺師だと思っているのだが、いつものように防衛的パレートの法則と称している方針から言って、それらの中にも2割ほどはまともな人材やまともな成果があると思っているし、それどころか信じてたり希望してもいる。なぜなら、そんな業績が2割どころか露ほどもない研究分野であるなら、正式に哲学者として叩き潰すべきだし、そのような論陣を張らなくてはいけないわけだが、そんな面倒なことはわざわざやりたくない。哲学する者にとって、経営学や教育学がまともな学問であるかどうかを論じたり調べるなんて、そんなことは時間の浪費でしかないからだ。

だが、学ぶべきことが露ほどもない話題というのはあって、その典型が上のような企業や事業一つを取り上げた浮き沈みの話である。こんな事例をどれほど読んで知っていても、実は現実の経営にとって何の参考にもならないし、経営学のまともなデータにすらならない。それは、『ビジョナリー・カンパニー』や『ブルー・オーシャン戦略』といった大ベストセラーで取り上げられた優良企業の多くが破綻したり不正を働いていたことが続々と明らかになっている事実でも分かるように、成功事例を積み上げるだけでは企業経営の是非を語るには不十分なのであって、僕は経営学という学問のアプローチや経営学者の背景知識などに、何か根本的な欠陥や不足があるのだと思っている。もちろん、それが単純に「哲学」だの「善意」だのというイージーな答えであるとは思っていないが、そういう欠陥を放置したまま膨大な成功事例や失敗事例を集めて周り、それらの中から面白そうな事例をかき集めて本を書いて売り上げていようと、この世界は何ひとつ改善も進展もしない。もし世界に何らかの改善や進展があるとしても、彼ら経営学者や経営コンサルや経営評論家は、それらの事実に寄生しているだけでしかないのだ。

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