Scribble at 2023-01-07 15:49:59 Last modified: 2023-01-09 09:19:07

考古学では、出土した埋蔵物の化学的な組成から年代を推定する方法が幾つかある。その一つが "radiocarbon dating" あるいは "carbon dating"(C^14年代測定法)と呼ばれるアプローチであり、既に僕が中学の頃には日本の考古学でも広く利用されていて、ニューサイエンス社から解説書も出ていた。改めて調べてみると、大学でも理数系の学科にある機器を使って測定を依頼するケースもあるようだが(人文系である考古学の研究室で測定機器の予算を確保するのは非常に難しい。文科省の役人なんて、考古学はせいぜい土方仕事だと思っている節がある)、いまでは名古屋に外資系の試料測定企業があるらしく、他にも国内企業で測定を受託している事例があるようだ。

森浩一先生は晩年の著書で、試料の解析とか発掘を専門とする検査や土木の企業が現れてきた動向について、ビジネス・ライクだからなのか毛嫌いしていた節があるけれど、僭越ながら森先生の「弟子筋」に当たると自認してはいても、僕にはそういう考えはない。

僕は中学生のときに大阪府枚方市の交北城ノ山遺跡という弥生時代の遺跡を発掘していた現場に通って、発掘の手伝いをした経験がある。ちょうど、当時は枚方市埋蔵文化財研究調査会におられた瀬川芳則先生の面識を得て、夏休みに参加しないかと誘っていただいたわけである。当時は東大阪に住んでいたのだが、うちは両親とも車に乗らないので、本当なら外環状線をまっすぐ北へ行けば早いのだけれど、近鉄で鶴橋まで出て大阪環状線で京橋まで行ってから、京阪で宮之阪まで着くと、そこからバスで発掘現場の近くまで行っていた覚えがある。懐かしいと思って Google Maps で当時の発掘現場(交北というところにある枚方市立山田中学校)を Street View で見てみたのだが、良し悪しは別として当時と殆ど印象が変わらない(34.8297986240338, 135.676123435488)。

ここで発掘の手伝いをしていたときに、まさしく森先生が嫌っていた請負発掘業者の人々が何人も現場に入っていた。主に「ユンボ」と呼ばれるパワーショベルを使って地表から土砂を掻き取る作業を担当していて、遺構が見つかると細かい作業は教育委員会や埋蔵文化財研究調査会や大学のプロパーが行うわけである。僕はプロパーの考古学者からも色々と教わった筈だが、どちらかと言えば印象に残っているのはユンボを操縦していた土木作業員の方だ。地表をパワーショベルで 1mm くらいだけ剥ぎ取る技術を持っているなどと称して、本当かどうかは知らないが丁寧に土砂を取っていたのを覚えている。彼らは、恐らく遺構の時代を推定したり、出てきた土器の編年型式は知らないだろう。でも、あのような現場には必要な人材だろうと思う。それは高層ビルの土木作業や建築において、大半の作業員は東大の修士課程を出ている一級建築士でもなんでもない人々であるのと同じことである。物理の大規模な実験施設でもそうだし、病院でもそうだ。セクレタリや医療事務員は物理学や医学の博士号をもっていないけれど、そういう重要な施設で多くの必要不可欠な作業に従事している。もちろん、僕はここで安っぽい左翼的な、あるいは「世の中は凡人が動かしている」的な、NHK のディレクターとか都内の三流出版社の編集者とかが大好きなセンチメンタリズムを説いているわけではない。彼らも、仕事についてはプロフェッショナルであり、決して技量においては凡庸ではないからこそ、病院や実験施設や発掘現場で雇われているのだ。

埋蔵文化財の発掘作業は、工事や建築に際して見つかった遺跡を対象として行政が緊急に実施する発掘はもちろん、学者が行う発掘であっても人手が圧倒的に足りない。それこそ、考古学者が手弁当で各地を巡って地面を掘るなんてことは、そもそも昔から趣味的なものでしかあるまい。そういう意味では、森先生が言っていた「町人学問」というのは、僕は考古学については貫徹しないアイデアだと思う。なぜなら、考古学が対象としている遺跡の大半は他人の土地であって、どれほどの関心や学識があろうと一般人が勝手にほじくり返す権利などないからである。せいぜい、町人学者にできるのは大量の調査報告書を読んで机上の議論を展開することだけであろう。それにも一定の価値があることは認めるが(僕自身もそういう「机上の議論を展開する」しかない一人だが、やっていることに価値はあると思っている)、しかしそれはそれだけのことでしかない。いたずらに経験を賛美したり、安っぽい「現場主義」を語るつもりはないが、それでも町人学者は一般論として学術研究コミュニティに寄生しているだけの存在でしかない(こう言ってしまえば考古学者も文化財行政に寄生していると言えるかもしれないが)。

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