Scribble at 2025-05-01 16:44:53 Last modified: unmodified
この日航機が墜落した出来事は、僕も当時の報道を観ていた。そして、自衛隊員に抱きかかえられた女の子が救助ヘリコプターに吊し上げられる様子も眺めた記憶がある。それから何年も経ってから、横山秀夫氏の『クライマーズ・ハイ』を NHK のドラマで観たり原作の小説まで買って読んだりした。
いまではウィキペディアでネトウヨ編集者どもが「聖なる自衛隊への侮辱である」などと一蹴しているが、当時も自衛隊やアメリカ軍の撃墜説(誤射であるか、あるいはわざと撃墜した「試験」であるかの違いはあるが)はあった。たとえば、いまの技術者は「破壊された現物を博物館で見れば、原因は圧力隔壁の破壊による垂直尾翼の欠損であることが明らかだ」と言うが、ではその「現物」は本当に現場から回収されたものなのか。工学や失敗学に、それを実証する力はないのである。こういうことは、証拠を見せよと疑い始めたら、いくらでも疑えてしまう。それが、「自明」と言っていれば済むと思い込んでいる算数バカの解説に説得力がない原因なのである。それは東北の震災で何を説明しても大多数の人々が「東大論法」だの「サイコパス理系人間」だのと、原子力や核物理の研究者の解説に聞く耳をもたなかった原因でもあった。
まず最初に書いておくが、僕も日航機の墜落原因はボーイングの修理不全だったと思っている。よって、さきほど本町の紀伊國屋書店で『日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえす』(青山透子/著、河出文庫、2025)を買ってきたのだが、どちらかと言えば、本書を読もうとした動機は陰謀論に期待するからというよりも、どうして既存の説明や解説は人を疑わせるのかということにこそ関心があったからだ。
たとえば本書の冒頭で、外務省の文書に「事件」という言葉が使われていることをもって、これは「事故」ではなく何らかの人の悪意や過失などが関係していることがらだ、などと著者は勝手に思い込んでいるのだが、僕は外務省の官僚が、そこそこ東大の暗記小僧として英語はできても日本語まで堪能かどうかはわからないと思うので、こんな書き間違いレベルの事例一つで自衛隊の撃墜説を思いつくこと自体が、相当な思い込みであろうと感ずる。それは、保守の人間としても敢えて言うが、クズみたいなネトウヨどもがアニメやラノベまがいの妄想みたいに自衛隊を神聖不可侵な「神軍」だと思い込むのとは全く次元の違う話である。また、さきほども述べたように、インチキ理系の連中が厳密な論証や実証のなんたるかも心得ずに「自明」だのなんのと、模型店に飾られているガンプラを眺めて「リアルだ」などと喜んでいるガキみたいな話を科学哲学者としてしたいからでもないのだ。こういう、バカ右翼だろうと、ていどの低い工学者であろうと、知性や学歴とは関係なくバカはどこにでもいるということである。