Scribble at 2020-01-10 11:33:31 Last modified: 2022-09-30 17:22:01

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地域で働く人たちに「仕事や土地に対する哲学」をインタビューする学生団体。 / お話の内容をポストカードにして、その人が働くコミュニティに共有します。 / 宮城県気仙沼市と、神奈川県藤沢市湘南台で活動しています。

哲人 -おとなりさんの哲学-

2013年にサイトを公開する予定とあるが、既に公開してから再び閉鎖したのか、それとも公開すらできなかったのか。良く分からないが、この手の活動って色々なところで始まって、色々なところで殆ど同時に終息してしまったよね。やはり東北の震災があって「ケア」とか言ってたり、環境とかエネルギー政策に関わって巨視的にものごとを見たり議論しないといけないという事情で、《哲学的なもの》に飛びついた人が多かったんだと思う。もちろん、それを冷笑したいわけではなく、僕らのような哲学者にしても、それなりに見識を持ったり議論するべきことだとは思う。だから、最近はエネルギー政策やエネルギーを利用してきた歴史についても関心は持っているし、これまでにも哲学プロパーが出してきた著作物にも改めて目配せする必要は感じている。

ただ、僕が雑感として強い違和感を覚えるのは、学術研究のように制度化されたスタンスではないとしても、哲学とか思想というものにかかわっている自覚があるなら、やはりもう少し長期間にわたって(可能なら一生涯をかけるくらい)の拘りのようなメンタリティを維持してるということが公に分かるような成果は欲しい。インタビューした相手だけではなく、そういうことに関わっている学生諸君には、〈学生としての哲学〉って必要ないの? そういう意味で「哲学」という言葉を使ってるんじゃなかったのだろうか。レポートなり発表会が終わって上場企業へのエントリーシートに何か書ける成果が出たら終わりというのでは、「ああ、やっぱり慶応の金持ち学生がやってる、エントリーシートに記入するための社会貢献とやらか」で終わりだよね。

僕らのような国公立大学の博士課程にいた者の基準で評論するのは厳しすぎると言われるかもしれないが、被災者をダシにして自己啓発やってんじゃねーよという気分がするんだよな。こういうプロジェクトって。多くの地域で「ケア」とか「哲学」という言葉を軽々しく、もしくは荒々しく振り回すイベントもそうだけど。

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