2018年05月21日に初出の投稿

Last modified: 2018-05-21

大阪の近現代史を高校の特別授業や大学の専攻として学んだ人、あるいは個人として調べた人ならご存知のように、大阪市の財政なり行政機構を大阪府から独立させるとか、市に許認可の権限を委譲するといったアイデアは、連合国軍の占領が終わった1952年頃から既に大都市制度(特別市)として検討されていたんだよね。そして、当時の中井大阪市長と赤間大阪府知事とが対立して論戦を交わしたという経緯がある。実際には大都市制度が導入される代わりに地方自治法を改正して「政令指定都市」(法律上は「指定都市」。「政令市」と呼ぶ場合もある)というものが成立し、一部の許認可を市へ委譲することになったのだけれど、それが中途半端な状態なので都道府県からも市からも不満が出続けている。現今の「大阪都構想」の基本は行政機構や税収の問題なので、要するに大阪では同じ話題を70年近くにわたって蒸し返し続けていると言ってもいいのだろう。

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