Scribble at 2022-08-15 11:19:06 Last modified: 2022-08-15 11:23:28

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ビル・S・バリンジャー『歯と爪』(大久保康雄/訳、創元推理文庫、1977)

僕が読んだのは上記の新訳版(2010年)ではなく1977年の旧訳版である。旧訳版はアマゾンに商品ページがないらしいので、新訳版の URL を掲載したが、書誌表記は旧訳で記載させていただいた。

公にできない秘密を抱えた妻を殺されたマジシャンが、犯人を奇術で陥れる・・・帯には「結末の驚くべき真相!」などと書かれているけれど、主人公がマジシャンというだけで筋書きの大半は想像できてしまう。少なくとも日本語版のウィキペディアに掲載されていないていどの作家であろうし、テレビ業界で普及してから小説の構成にも取り入れられた「カット・バック」という複数のストーリーを入れ違いに描いて収斂させる手法も、肝心の結末に差し掛かるところで先が見えてしまう。本書は、その結末部分を特別な製本で封じていて、袋綴じを破ることなく、結末を読む前に返品すれば返金するという体裁になっている。もちろん、どういう筋書きであれ現実にどう描かれているかを読みたいのだから、袋綴じの箇所へ至る前までにかなりウンザリさせられたのは事実だが、袋綴じは破って読了した。そして、やはり思ったとおりの筋書きだった。

簡単に作品の評価として言わせてもらえば、俗にいう「2時間ドラマ」の脚本ていどならともかく、これを推理小説の「文学作品」とは呼びたくない。裁判の被告人が妻を殺した犯人であろうと中盤あたりで分かったとたんに、後は主人公であるマジシャンがどうやって「消える」のかというトリックの種だけに関心をもっていたのだが、そのトリックも死んだとされる人物になりすましたと分かった時点で予想する必要も感じなくなった。

そして、本書を読み終えたときに、実は頭にきていた。なぜなら、扉のページやプロローグにはこう書かれていたからだ。「まず第一に、ある殺人犯人に対して復讐をなしとげた。第二に自分も殺人を犯した。そして第三に彼は、その謀略工作のなかで自分も殺されたのである」。しかし、もう古い作品なので中身や結末を書いてしまうが、主人公は殺人などやっていないし殺されてもいない。最後のシーンでマジシャンの妻を殺した犯人は、誰に嵌められたのかと悔しがるが、裁判が続いていた間に何も考えなかったのだろうか。自分に敵意を持つ人間として、妻を殺されたマジシャンを覚えていない詐欺師がいるなんて、およそあり得ない。

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