Scribble at 2021-10-18 10:56:22 Last modified: 2021-10-18 11:54:12

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「リーダーシップ」とは、決して天性のものではない。磨こうと思えば磨くことができるものである——本書はそんな考えのもと、「モチベーション」を切り口にして、実践的な、つまり今すぐ使えて効果が出るリーダーシップの考え方&ノウハウを紹介する。

小笹芳央『モチベーション・リーダーシップ-組織を率いるための30の原則』(PHP研究所、2006)

自分自身を「アイカンパニー」という一つの企業になぞらえて、セルフ・マネジメントを説明する。このアプローチそのものは興味深いし、得るものがあるだろう。しかし、このアプローチの決定的な欠点は、まさしく自分自身の生き方や働き方が、企業という概念に沿って扱おうとすることにより、巷に数多く溢れているマネジメントや自己啓発や企業経営のノウハウとかスローガンとかポリシーでも語られる対象となってしまうことにある。つまり、本書の中で展開される残り29個のアドバイスやプランやポリシーも、即座に相対化されてしまうわけで、それぞれの内容は〈面白い〉かもしれないが、役に立つかどうかは他の無数の〈面白い〉思考法だのフレームワークだのと同様に、試してみないと分からない。そして、世の大半のサラリーマンが試すことなく思い描き、あるいは実際に幾つか試してみたうえで実感しているように、こうしたノウハウをどれだけやっても、本当のところ〈売上は伸びない〉し、〈新しい企画は思いつけない〉のである。

ビジネス書として溢れている「思考法」だの「問題解決法」だの「フレームワーク」だのという、経営学者の多くが概念的なオモチャと見做している議論の根本的な欠陥は、実はこれらは情報とかアイデアの処理方法を述べているにすぎないということである。つまり、当人に学問というレベルでの知識や経験、それから何事かを考えるにあたって必要な正確で過不足なき事実を示すデータが欠けている状況で、こうしたオモチャをどれだけ R や SAP や Microsoft BI のような統計学のツールなどを使って振り回しても、ロクな答えは出てこないのである。機械は、「1+1=」と入力すれば、そのデータや仮説がどれほど貧弱であろうと正しい答えを導き出す。よって、単にナウいシステムから答えが出力されたというだけで、それに従えば自動的にビジネスの成功も〈出力〉されるかのような錯覚に陥りやすい。これも、無知にもとづく一つの自己欺瞞である。

次にも、今回は読まない本をご紹介しておくと(過去に一読はしている)、武田哲男『顧客「不満足」度のつかみ方・活かし方』(PHP研究所、2009)がある。これは、僕が会社で担当している情報セキュリティのマネジメントについて、社内での体制やルールについて、バック・オフィス部門の「顧客」である社内の同僚へアンケートを実施する際に参考とした本である。ただ、本書のアプローチは既に何か商品やサービスを利用しているユーザの不満を測るノウハウであるから、こういうノウハウを新規の営業やマーケティングへ応用することは難しい。大半の、購入も契約もしないで去ってゆく人々を食い止める役に立つノウハウではなく、いわば既存顧客の離脱率や解約率を下げる役にしか立たないのである。そういう点では、社内のスタッフは既に勤務しているのだから「既存顧客」なのだが、正直なところバック・オフィスや情報セキュリティに関連する大半の人々の「ユーザとしての不満」というものは、既に平凡な理由なら世界中の調査結果によって出尽くしていると言っていい。なぜなら、僕らがやっていることは世界中で殆ど同じだからである。パソコンのログイン・パスワードを会社の基準で決めたら、それをどう実行してもらい、どう評価するかは、別に弊社と楽天で大きく違っているわけではないし、日本とフランス、あるいは北朝鮮とでも殆ど実務は同じだろう(その結果、違反者が殺されるかどうかは大いに違うのかもしれないが)。よって、不満への対策も、本書で紹介されていることを情報セキュリティに応用するとしても、はっきり言って凡庸としか言いようがないことばかりだ。本を読まなくても、僕らのレベルの部門長ならさっさと考えて実行できるものばかりだし、実際にやっている。

それから次に、平川克美『ビジネスに「戦略」なんていらない』(洋泉社、2008)も、主旨は分かるが通読するほどの価値はないと判断した。僕もビジネス書にあふれている「戦略」とか「戦術」という、素人の軍事用語は気に入らないし、ウォー・ゲームに関連して独ソ戦などの軍事史を勉強していた高校時代は、ちょうど世に溢れ出してきていた『プレジデント』等の戦国大名や世界史の将に学ぶ経営「戦略」といった、失笑を禁じえない記事の数々を辟易しながら眺めていた一人でもある。これから読む予定の『孫子』にしても、実際のところ軍略として通様するにも限界があるし、それどころか経営に当てはめるなど軍事、歴史、そして経営の素人でしかない、ビジネス書の筆者が簡単にできるものではない。ただ、本書はビジネス書に散見される「言葉遣い」について、表面的にはエスノ・メソドロジーのような体裁の議論を展開していながら、軍事用語があふれるようになったのはいつ頃なのかとか、正確な事実を全く調べていない節がある。結局のところ、本書にも登場する神戸のお嬢様を相手にフランス思想を語っていた、片手間の武術家と一緒にアマチュアの武道やポストモダンという脈絡で、武道とビジネスは違うとか、いまどきポストモダンなど周回遅れだと与太話をしているだけのことである。

はっきり言って、ビジネス書でこの手の思想語りをするのは、「経営哲学」などという言葉を好んで使う三流経営者の学歴コンプレックスを刺激するマーケティングにすぎない。まともなレベルや事業のビジネスを粛々と続けている人々には、パブリシティの必要がない限り、そういう宣伝だけのために捻り出してインタビューやライターの取材に応対する看板の文字にすぎない「思想」なんてどうでもいいのだ。

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