Scribble at 2009-05-13 00:00:08 Last modified: 2009-05-13 00:00:08

「このままでは,ライフログ・プラットフォームまで米国に制覇されてしまう」と,佐々木氏は危惧する。via itpro.nikkeibp.co.jpコメントの仕方が微妙だからかもしれないが、例えばこの記事をとりあげつつスルー気味にコメントしてるスラッシュドットユーザの反応はマシな部類に入ると言っていいのかどうか、即断はしかねる。まぁああいう講演会だから仕方ないとしても、技術系というか「いんたーねっつ系」の評論家とかジャーナリストって、思想的にはなんなんだろうなぁって人が多いような気もする。内外を問わず。そら、国のテコ入れで税金とゼネコンの力を使ってシステム組んだら、それなりのものは出来るだろうけど、発想が全く土建屋と同じで薄気味悪い。で、場が場だからなのかもしれないが、ライフログありきで「個人情報の件もしょうがないから配慮しなくてはいけませんよね、うざいよね」という雰囲気がありありとしてる(笑。 大きなヴィジョンを語ることと、経済・政治的なコンテクストを考慮しないでブチあげるのとは訳が違う。経産省の(出来が悪い)役人にでもなったつもりかねと思わずにはいられない。 そもそも「自己コントロールできるからいいでしょ」と言いつつ、プラットフォームを強制してくる発想って、OpenID のパターンと一緒なんだよね。こういう政治的にウブな人たちは、出来上がった仕組みの上で選べるなら「自由」だと思ってるフシがあって、ちょうど論壇でもプチブームが続いてる「自由や権利は生得のものではない云々」という、社会科学では当たり前のことを今さら「伝統」とか口にして「ポスト・ポストモダン」の反動キャンペーンに持ち出してる評論家とかと同じ次元なんだな。そのていどと同じならともかく、情報システムというものが政治的に中立だと信じ込んでる人も多そうなので、それなりに恐ろしい。確かに数学のモデルとしては中立かもしれないが、実用化にあたっては必ずなんらかの思惑が加わるものだ。その証拠に、どういう情報なら勝手に使っても良いかという箇所で、「ユーザーにとって有益な情報ならよい」という基準を語ってるんだけど、これもまさに「何が有益なのか」を誰が決めるんだよという点がぜんぜんクリアになっていない。結局はデータを大量に扱えるようになる企業にとって有益なだけなんじゃないの。

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