Scribble at 2024-01-13 15:10:25 Last modified: 2024-01-13 15:23:48
国交省の資料と称する比較図を持ち出して、かたや道路の整備が進んでいない、もっと公共事業に税金を投入して田舎にも暮らせたり東京の一極集中を解消するべきだという話が展開されている。1日に発生した能登半島の地震と災害に関連した話なのだろう。もちろん、僕はそんな議論は支持しない。
第一に、都市間の高速道路を整備する連携だけで物資や人員を自由に素早く的確に融通できるというのは、国交省的というか官僚的な錯覚である。自分たちの管掌に関わる事業だけで国家や地方の問題が解決するというのは、東大で絵に描いたような近視眼的で視野の狭い勉強をしたか、あるいは誇大妄想的な司馬史観を刷り込まれた暗記バカに多い話なのだが、こういうのが軽薄な大志を抱いて続々と国家試験を通って官僚になってきたのが、実は明治時代から続いてきた我が国の根本的な問題だと思う。インチキ右翼が「伝統」なんて言葉を尊ぶなら、寧ろこちらの陋習の方が我が国の伝統とさえ言える。
第二に、仮に山へトンネルを通すような大事業が有効だとしても、果たして投じる資金やヒューマン・リソースが見合うのかどうかは、実は殆ど研究されたり正確に調べられていない。いったい、それでこれまでにどれだけの金額が投じられて、何人が死んだと思っているのか。はたして、クソみたいな田舎に高速道路や新幹線を通して、それだけの値打ちが経済的にも文化的にもあったと言えるのか、そんな疑問に答えられる経済学者や社会学者や役人なんて誰もいないのだ。みんな、それこそ学者ですら「快適になればみんな幸せ」というていどの思い込みや期待や妄想だけで議論しているにすぎない。
第三に、これは上記の図について多くの人が指摘していることだが、ドイツやフランスに比べて日本列島は国土の大半が急峻な山地である。言ってみれば、ドイツやフランスは関東平野が国全体を覆っているようなものであって、そんな平坦な土地に高速道路を通すコストと山だらけの土地に高速道路を通すコストを比較すれば、日本の高速道路が多くの場所に伸びて発達していないのは当たり前である。
第四に、そもそも国土のあらゆる場所へ均等に道路や鉄道を伸ばすことが、それ自体で経済的、政治的、あるいは道徳的に「良いこと」であるという根拠など何も無い。それは、単純に地形とかコストとか要不要とか地域ごとの暮らしぶりや産業構造など、複雑な要件や条件を無視して、まるで力が全ての向きへ均等に働くという物理学の教科書にでてくるような前提で物事を論じたり考えるような手合い(科学哲学のプロパーにもときどきいるわけだが)と同じ、未熟で愚劣な妄想だと言える。