Scribble at 2026-07-17 11:20:17 Last modified: 2026-07-17 20:50:31

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会へのお誘い

先日、古書店で『歩行文明』(真鍋 博、中公文庫、1985; 初出は1974)を手に入れて、再び歩行論について興味をもってウェブを検索すると、上のようなサイトで活動を公開している組織があった。

確かに、この国は高度成長期以降の自動車や造船や精密機器の輸出産業で成長してきたし、そういう企業が中心となって多くの法人税を納めてきたし雇用を確保してきたので、ともかく自動車や公共交通機関の発展こそが国にとって重要だというキャンペーンを色々なメディアで続けている。簡単に言えば、『頭文字D』や『サーキットの狼』といった漫画だとか、『マッハ GoGoGo!』や『グランプリの鷹』といったアニメだとか、『グランツーリスモ』や『レイジレーサー』といったゲームなどという世俗的な文化や文芸の一端にいたるまで、車のある生活や車と共にある人生というものを肯定し、正当化し、さらには慎みながらも美化までするようなことをやっている。たとえ制作する側が自覚的ではなく、ましてや商業的な狙いや悪意などなくとも、こうしたことは事実上の印象操作であり、集団でそういう状況に加担している自覚がない人々は、やはり社会科学的な観点で言えば未熟で批判されるべきと言わざるをえない。

もちろん、こういう作品なり商品の消費者であり、たとえ子供であったにせよスーパー・カー消しゴムを買い漁っていた僕らも含めてだ。とはいうものの、産業の振興を安易に否定するつもりもないし、これらの作品や商品を一概に不純で不愉快なものだと言いたいわけでもない。実際、僕は初代の『グランツーリスモ』で、全てライセンス試験をゴールド・ランクでクリアしたプレイヤーでもある(愛車は TVR ブラックプール B340 とホンダ NSX-R だ)。

こういう次第なのだが、ここ最近は、というよりも僕は昔から感じていたことなのだが、歩行者にとって危険だったのは、車だけではない。やはり自転車も同じように危険な運転をする人が多い「車両」であり、ゆくゆくは(仕方なくという意味ではなく、逆に理想として)免許制にするべきだろうと思っている。つまり、三輪車も公道で子供に使わせるべきではないと僕は思っている。

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