Scribble at 2024-10-25 13:46:01 Last modified: 2024-10-25 15:21:19

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これは僕自身の写真を使ってトレーニングした "philsci" という LoRA を使っている。指の数が足りなかったりするのは生成 AI ではよくあることなので、いわゆる差別的な暗示でもなければヤクザを表現しているわけでもない。

このところ、特に X では「生成AI警察」というのがいるらしく、「ルーマン警察」で知られる酒井さんのようなネタとは違って、生成 AI のユーザが投稿した画像を見つけては、通報するだのなんのと罵詈雑言を相手に投げつけているらしい。

こういう「警察」の特徴として、用途や方法を問うていないという特徴がある。つまり、よくある芸能人やセレブや元カノや同級生のディープ・フェイク画像を作って悪用するといった用途だけではなく、単純にオンラインで提供されている拡散モデルを使い生成サービスで出力した画像であっても、そういう「警察」にとっては生成 AI が使われること自体が悪なので、区別はしていない。なぜなら、X に投稿するような個人が利用しているサービスはもちろん、既存の拡散モデルを利用している限り、生成 AI をトレーニングしたデータから著作権侵害となるデータを取り除くことはできていないからだ。たとえば、Stable Diffusion の場合は Stability.AI が現在も多くの著作権者との係争中であって、差し止めが出ていないので続々と新しい拡散モデルを発表しているものの、そのデータにどういう画像が使われているのかは、やはり僕らにはわからない。よって、この手の自警団まがいを演じる人々というのは、極左だろうとネトウヨだろうと「疑わしきは罰せよ」がモットーであるから、あらゆる生成 AI を排斥することが正義なのである。

僕は、もちろんだがデザイナーの一人として著作権の侵害に加担する気はないし推奨もしない。また、学術研究者の一人としても、著作権の侵害にあたるようなトレーニングの扱いはやめたほうがよいと思う。そしてウェブのエンジニアとしては、これまで当サイトでも「ウェブ・スクレイピングは、一定の限度を超えたら犯罪と見做して良い」という意見を情報セキュリティマネジメントの実務家としても表明しているので、いわゆる「岡崎図書館事件」や「Winny 頒布事件」について、ネットのお子様にはウケがよい高木浩光氏といった「LINE学会」(LINE が主導してつくった情報法制学会というお手盛り学会のこと)の人々とは反対の意見である。そもそも、ウェブのコンテンツをかき集めるしかトレーニングのデータがなければ、そのうち枯渇するのは当然であって、機械学習や人工知能の研究やテクノロジーは、そんなことだけで終わっては困るのだ。

ただ、だからといって現今の「警察」がやっていることを支持するかと言えば、とてもそういう気にはなれない。声優の団体が、彼らに無断で音声データを作って映像作品や素人の生成動画などに使うなと声を出すのは正当だが、著作権者でもなければデザイナーや情報科学の学生ですらないような人々が、単なる義侠心での発言を超えて自警団まがいのことをオンラインで繰り広げるのは、やはりかつてのヘイト団体などと同じで(在日外国人や被差別部落の人々や生活保護の受給者やアイヌの末裔がどういう待遇を受けていようと、彼ら「純粋日本人」様には何の関係もない)、異常である。簡単に言えば、ものごとがややこしくなるだけなので外野は黙ってろと言いたい。加えて、生成 AI の「活用」をいたずらに叫ぶような連中にも同じことを言いたいので、「AI美女」などとガラクタのエロ画像を投稿したりブログを運営してるゴロツキどもも、引っ込んでろと言いたいね。

それから Stable Diffusion のユーザの一人として言うと、個人的な用途で使うことにまで他人が「人として」どうこうなどと言えるほどのものかという気がするね。僕は、正直言って現行の著作権法は著作権を保護しすぎていると思うので、なおさらだ。特許でも言えることだが、原則は保護の範囲は限定的であって、無制限に保護すると誰も活用しなくなる。漫画やアニメだって、多くのファンが同好会から「薄い本」のサークルまで色々なところで二次創作して活用の幅を広げたり、あるいは広告クライアントからの費用でテレビ放送して直に料金を払わずに観てきたからこそ、一定の客層が維持されたり、また業界を志望する人たちだって続いたわけであって、美術館に行ったり高額の DVD セットを買わなければ観られないようなものだったら、アニメや漫画なんてクラシック音楽と同じ程度の成金の娯楽に終わっていただろう(よく、ヨーロッパでは庶民もクラシックを聴くから庶民の音楽だとかデマを語る人がいるけれど、ヨーロッパでもクラシック音楽は都会の金持ちしか聴かないよ。現地の音楽祭ではクラシック音楽を演奏してみんな聴くわけだけど、そういうところで演奏するクラシックは日本で言えば盆踊りの河内音頭みたいなものだ。伝統行事の出し物や BGM として聴いているにすぎない。僕も海外の事情を語ることが多いけれど、この手の「出羽守」が多いのは困ったことだし、外国人自身の発言を真に受ける人が多いのも困る。日本なんて僻地にわざわざやって来るような暇人や変人や学生ていどの外国人が言うことを、欧米の標準的な生活感覚や常識だと思い込むのは止めたほうが良い)。

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