Scribble at 2024-12-05 16:44:27 Last modified: 2024-12-05 21:53:17

添付画像

青春18きっぷ

「青春18きっぷ」という企画ものの乗車券があり、これの利用規約なりプランが変更となったとのことで、鉄道ファンから抗議の声が上がっているという。ファンの代表が JR に3万件を超える署名を提出しようとして拒否されたとも報道されていて、それなりに話題となっているようだ。

僕も小学生の頃に鉄道少年として、大量の切符や時刻表を集めたり、線路敷設にかかわる物理学の基礎を勉強したりと、色々な興味をもっていたものだった。もちろん、大阪駅だけでなく、住んでいた地元で近鉄電車の操車場や点検施設を撮影したりもしていた。でも、このところ「おたく」レベルに成り下がった鉄道ファンの行状には目を覆うばかりであって、「鉄道が好きなボク」という自意識ばかりが肥大化して、しょせんは鉄道という事業のことなど歯牙にもかけない馬鹿ばかりが増えている印象がある。これは、考古学でも言えるし、哲学でも言える。もちろんいまの仕事である情報セキュリティやシステム開発やデザインにも言えるだろう。知識や技能へのハードルが下がったり共有されること自体はいいとしても、それは同時に馬鹿や無能が気軽に手を出して、あろうことか不見識な人間に限って生半可な知識と経験と技能なくせに、「わたしも明日から Web デザイナー」とか「僕も明日からプログラマー」みたいなことを口走っては、われわれナショナル・クライアント案件を手掛ける一次請けの制作プロダクションにカスみたいなポートフォリオのリンクを送りつけては物乞いをし始めるというわけだ。正直、2008年の時点ですら僕は当サイトでウェブ制作業界が「掃き溜め」になりつつあると書いたが、もう現在はそれを超えて、仕事がないクズみたいな大量のクライドワーカーが雛鳥のように口を開けているだけの難民キャンプのようになっていると言ってもいいだろう。そして、僕らのような事業者も、実勢価格が下がっていて事業として成立しなくなりつつあって、遅かれ早かれ難民キャンプ行きになるのだろうとは思う。特に、デザインとコーディングはもうあと数年で生成 AI が実務を置き換えると思うし、プロとして冷静に言わせてもらっても、その方が寧ろ良いとすら思う(それこそが技術の進展の成果だろう。寧ろ、あと数年でデザインが実務レベルにならない生成 AI なら将来も期待できない。せいぜい自宅で壁紙を作る道具にしか使わないと思う)。

つまり、何を戦々恐々としているのかは知らないが、人間の仕事を代行できるくらいの性能を達成する機械ができたら、その方が楽しいではないの。だからといって必ずしも人間の仕事がなくなると限ったわけではないし。そもそも AI やロボットが「勝手に」やってくれるわけではないという大前提を、AI やロボットの導入に反対する人たちは忘れてるんじゃなかろうか。多くの反対論者は、ロボットが導入されると雇用がなくなると思っているようだが、とりわけ生成 AI はいまも将来も、馬鹿は運用できないのだから、運用する担当者は必要だよ。

話を「青春18きっぷ」に戻すと、プランが変更されただけではなく、そもそも従来のプランで販売されていた切符が販売終了になるという。そして、報道されているところを見ると、JR 各社の発表では理由として「これらのきっぷの利用は全体の1%未満に減っています」と言っているらしい。まず、これが分からない。「全体」ってなんなの。もし鉄道利用者の 1% という意味なら、JR の判断は間違っていると言えるだろう。JR が通勤や通学で利用する乗客だけで食べていこうというならともかく、「青春18きっぷ」をはじめとして通常生活のためでない利用客にも対応し続けるつもりなら、1% の売上があるプランをやめる理由はないはずだ。しょせん、切符なんてただの紙切れだし、1% の客が列車に乗っていようと鉄道会社のスタッフに必要な労力やコストが劇的に増えるわけでもなんでもないからだ。寧ろ、そういう特殊なプランの利用方法を色々と取り揃えて小さく稼いでいくことも、そのコストが大してかからなければなおさら、馬鹿にできないものだ。多くの企業で財務状況が少しずつ悪化していくのは、業容なり個々の事業が巨大になればなるほど、こうして小さな儲けを軽視したり、小さな浪費を軽視する態度が社員、とりわけ僕らのような役職者にこびりついてしまうからだ。しかし、得てして大企業になると、そうした状況が何十年も継続するので、新卒からそういう大名商売の感覚で働き始めた者が定年退職しても、まだ財務が目に見えて悪化するほどの変化がないという場合もある。なので、そういう小さな愚行を重ねても誰も気がつかないので、誰も自分に責任があるとは思わない。およそ、大昔から「護送船団方式」だの「赤信号、みんなで渡れば怖くない」だのと指摘だけはされていても、結局は指摘されているまま、誰も自分のこととしては反省しないので、こうやって大手の企業が続々と経営破綻したり、秀和システムなんていう中堅の出版社のチンピラ社長に上場企業がキンタマを引っこ抜かれるようなことになったり、ものづくり馬鹿がいまになって大量の不正検査をあばかれたりするわけだ。日本の「高度成長期の奇跡」というのは、要するにデタラメやインチキが発覚しなかった奇跡だったという事例も多いと思う。たまたま生存バイアスで NHK に取り上げられたような事業なんて、寧ろ日本の状況の中ではラッキーの一部分だったと言える。

ただ、僕がこういう報道を見ると思うことは、それだけではない。つまり、この手のファンとかおたくというのは、ちょっと思い上がってるんじゃないか。自分たちが鉄道事業を支えていると思っているのかもしれないが、鉄道事業を支えているのはわれわれ普段から列車に乗っている勤め人や学生なのであって、もし JR が 1% を切り捨てると判断したとしても、大半の人にとっては関係のない話なのだ。実際、鉄道ファンだった僕でも「青春きっぷ」なんて使ったことがない。そもそも、こういうものは昨今では大半の低所得層では確保することが難しい「時間」を潤沢に持て余している人々の娯楽の道具でしかないわけで、鉄道ファンの中でも特に「乗り鉄」や「撮り鉄」と呼ばれる人々に違和感を持っている人からすれば、こういうものが無くなったところで鉄道ファンをやめる理由になるわけでもなし、些末と言えば些末であろう。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る