Scribble at 2026-02-15 11:00:05 Last modified: 2026-02-15 11:47:54
こういう事例が示しているように、僕には Node.js というのは「サーバ・サイドの JavaScript 実行プラットフォーム」というよりも、「クライアント・サイドのスパイウェア実行環境」だとしか思えないようなところがあるんだよね。昔から言ってるけど、Adobe Creative Cloud も Node.js を勝手にコンピュータへインストールして、僕らのパソコンからどういうデータを Adobe のサーバへプッシュ通信してるか、分かったものではないのだけれど(セキュリティ企業が Adobe のプログラムをリバース・エンジニアリングして通信内容を解析できたとしても、彼らはオンデマンドのアップデート・ツールである Creative Cloud Desktop によって、すぐに無害な内容のプログラムに「アップデート」してしまうだろう)、デザイナーの多くはセキュリティなんて知ったことかという連中だし、さほど世界規模で何か危険なデータの悪用(Adobe が広告代理店にデータを横流ししてるとか)がなされているわけでもなさそうなので、重大な話題とはなっていない。でも、こんなものを勝手にインストールされて気味悪いことは確かだ。
もちろん、Node.js なりサーバ・サイドの JavaScript 実行環境は、技術として悪だというわけではない。でも、たとえば僕がかつて Svelte の勉強をしようとして調べたところ、Svelte が基本的に Node.js を前提に開発・実装されていると知って全く学ぶ意欲を失ってしまったという事例でも分かるように、セキュリティの素養もある有能なデザイナーなりプログラマにおいての心理的なブレーキはどうしようもない。React は「馬鹿専用」だと思うが、Svelte が一概に馬鹿専用であるとは思っていない。しかし、やはりそういう選択肢しかないと思い込んでウェブの技術を学んだり設計しようとするような、軽率で視野狭窄の発想でエンジニアをやるような人は、やはり僕の部下としては認められないし、弊社の取引先としても許容できないわけである。
ついでに書いておくが、このような hype-driven の開発姿勢とかサービス設計(開発ベンダーというサービスのことだ)というのは、単細胞の若手が起業するときにありがちなパターンなのだけど、こういうのが成功する可能性は殆どない。Google などあれこれの成功事例を並べる経営書は、ただの生存バイアスのカタログにすぎないわけであって、失敗した事例は殆ど記録として残らないからみんな知らないだけのことなのだ(実際、いまの二十代の人々に Lycos を知ってるかと尋ねてみたらいい)。
弊社にも、たぶん電通が株主だから「おいしい」仕事がもらえると思っていたのか、15年くらい前には東京の開発ベンダーを名乗る若造がせっせと営業メールを送ってきて、たいてい「我が社は Ruby とアジャイルで開発しており、現在の御社は PHP などというウンコみたいな言語で開発してるから、東大を出てるわれわれが代わりに素晴らしいシステムを作ってやろう」と言わんばかりの無礼な(実際のメールはここまで無礼ではないが)メールを寄越してきたものだった。でも、それから5年も経たないうちにそういうメールは来なくなり、それどころか調べ直してみると、ほぼ 100% のそういうベンチャーは消えて無くなっていたものだ。当時は、丁寧にそういう会社の問い合わせ担当者や代表者のリストを作っていたのだが、そういうベンチャーの代表者は、だいたい次の起業はできなくて企業就職したり、派遣社員やクラウド・ワーカーとなっている。
もちろん、こういうチャレンジに一般論として水を差すつもりはないが、やはり無能や未熟者の起業とはたいていこうなるものだという現実を知ってもらうことも勉強だと言いたい。現実には、未熟者やバカにセカンド・チャンスなんてない。何かの幸運で元手の資金があったり融資を受けられた人々が最初の起業に漕ぎ着けられたとしても、失敗すれば銀行には(不良債権の「犯人」として)記録が残るので、次は簡単に融資を受けられなくなる。ビジネス書をよく読む方は薄々は分かっていると思うが、孫正義氏やビル・ゲイツ氏を始めとする多くの成功者は、もともと金持ちの子息であり、彼ら自身の才能や努力も確かに認めるべきだが、いくらでもチャレンジできたというファイナンスの余裕があったのだ。
ということで、hype-driven の姿勢はエンジニアとして慎むべきである。それに、僕らがごくふつうに考える「ウェブのプログラマやエンジニア」というものは、たいてい複数の開発言語を習得して使っているものであり、そこには流行なんて関係がない。要は与件や要件にもとづく是々非々の選択や最適化があるだけであって、それこそがプロのエンジニアが仕事あるいは仕事の道具なり技術についてもつ姿勢というものだろうと思う。たとえば、1990年代に「ウェブのプログラミング」と言えば「CGI」が通り相場だったけれど、それは選択肢が他になかったからであり、選択肢が出てきたら PHP や Python のように学ぶ人が増えていった。若い人はご存知ないと思うが、いまでこそ X や YouTube で放言を吐いている「ホリエモン」や「ひろゆき」と呼ばれる人たちにしたって、彼らも1990年代はプログラマをやっていたのであり、当時はなぜか「CGI」と呼ばれていた Perl を書くのがスタンダートな選択であった。しかし、それだけでは選択肢が他にないということで、彼らにしても、それから同じ頃にウェブのプログラミングを学び始めた僕にしても、シェル・スクリプトだったり、あるいは C でCGIプログラムを書くようなことにチャレンジしていたのである。