Scribble at 2022-05-09 07:52:29 Last modified: 2022-05-09 19:08:04

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モバイルのアプリケーションでも辞書は役に立つことがある。これは誰でも、スマートフォンやタブレットで辞書のアプリケーションを使ったことがあれば感じることだろう。少なくとも辞書のサイトへアクセスするのとは違って、広告さえクリックしなければ、何やら見知らぬウェブサイトへ吹き飛ばされる心配もない。何の操作をしようと、たいていはアプリケーションの中でどうなるかという話に終わるのが、最低でも安心できる。

しかし、僕はスマートフォンに辞書のアプリケーションを入れて使うのは止めた。具体的には Merriam-Webster の公式アプリケーションが非常に使い辛いため(検索ボックスに文字をタイプすると自動で検索が始まり、冒頭の何文字かがヒットするだけでキーボードを勝手に消して検索結果を表示するという、非常に煩わしい autocomplete を実装していて、使うたびにウンザリさせられた)、これをアンインストールしてから他のものは使っていない。正直なところ、それでも何とか大きな問題がないのは、もちろん辞書をそう頻繁に引かなくてはいけないほど僕の英語の語彙が貧弱ではないからだが、理由は他にもある。

まず、アプリケーションなら紙の辞書に比べて、(1) 持ち運びに便利である、(2) 検索の機能が強力である、(3) 他の見出しや項目とも連携できる、(4) ブックマークや記憶する機能があると学習にも使える、などの利点があって、これはこれで (1) 正しく動作すれば、そして (2) サービスに事業継続性があれば信頼して使う気にもなる。

でも、残念ながら上記のアプリケーションの一覧で分かるように、Merriam-Webster と Oxford University Press を除けば、いったい誰がアプリケーションを制作しているのか不明なものばかりだ。特に、名前がよく出る "MobiSystems" というディベロッパーは、他にもファイル・マネージャや Microsoft Office 互換のオフィス・スイートをリリースしているモバイル開発の会社みたいだが、Oxford University Press や Collins や Webster(こちらは本家ではない)の辞書を、いったいこれらの出版社とどういうライセンス契約を経てリリースしているのか、そもそも法的な正当性が全く分からない。これでは、商品の辞書に付属している CD-ROM からデータを抜き取って勝手に辞書をばら撒いてる(そして Google は例によって何も対処していない)と判断されても仕方がない。Longman の辞書に至っては、決してアジア差別のニュアンスはないがベトナムのぜんぜん知らない事業者(しかも連絡先が GMail という)だ。こんなところからアプリケーションをリリースする権利をロングマンが交わすとは思えない(なので、見つけるたびに "Flag as inappropriate" をクリックするかどうか 0.01 秒くらい考えてみるのだが、実は違法と思えるアプリケーションを通報する手続きは途方もなく面倒臭いということを思い出して手が止まってしまう)。たまに通報用のフォームを使って "I don't find the authority or lawful fact on such an application from the contents holders like Rongman, Collins, Oxford U.P., and Webster." などと書いて、URL だのスクリーンショットだのを送信してみるけれど、たいてい何の反応もない。おそらく、Amazon.co.jp の洋書カテゴリーで絶賛活動中のメモ帳詐欺師どもが全く駆除されない事情と同じで、こういう連中のエントリーを削除していったら、コンテンツの分量として株主などに見せている数字が極端に減ってしまい、株価が下がってしまうからではないのか。

ともかく、辞書のアプリケーションはリリースしている事業者がコンテンツの制作について、辞書の出版社と契約を交わしているのかどうか全く分からない。見ただけでディベロッパーが Merriam-Webster である正規のアプリケーションと区別がはっきりするのだから、権利関係が不明確なアプリケーションを使うのは憚られる。

それに、そういうところが無料で辞書というコンテンツをばら撒いているのだから、何も画面の端に表示される広告があるかどうかだけの問題に限らず、アプリケーションを使っているあいだに別のプロセスをスマートフォンで稼働させる仕組みが動いていないとも限らないという疑いもある。これは、いわゆる「サーバレス」なアプリケーションの仕組みを逆に実装して、サーバ側からスマートフォンに何らかの解析を〈依頼〉するメッセージをやりとりしていれば、暗号資産のマイニングからパスワードの解析など、色々な計算を僕らのスマートフォンに実行させられる。具体的な内容はサーバから受信しないとわからないため、そのような実装が違法な目的なのかどうかは前もって Google では判定できない。

なんにしても、正規の辞書の出版社がリリースしているわけでもない辞書のアプリケーションが多すぎて、法的な観点から使う気にもなれないし、更には情報セキュリティという観点でも怪しいというのが僕の意見だ。

それから、最後に印刷物としての辞書と比較して言っておくこともある。アプリケーションの利点として頻繁に「検索機能」が紙の辞書よりも優れていると言われるけれど、これは英語の学習という観点で言えば不当な比較なのだ。なぜなら、或る単語を調べるにあたってスペルを思い出すとか、あるいは関連する単語を Thesaurus など別の辞書で調べるために、その単語が見つかりそうなカテゴリーを予想するとか、そういうこと自体が単語のニュアンスや有効な脈絡を理解するために役立つのである。時間を使って、面倒でも自分の頭を使って調べるということに意味があるのだ。これをアプリケーションの「検索機能」に代行させると、検索の効率は上がるかもしれないが、学習の効率は下がる。脈絡を無視して、文字列、すなわちアルファベットからなる literal data の配列を情報処理するプロセスの一部として振る舞っているだけだから、そこには殆ど学習というものがないのだ(ただし、全くないとも言えないため、僅かな効用を過剰に宣伝して「英語の学習に便利!」などと騒いで見せるアプリケーションもたくさんあるわけだが)。紙の辞書が検索の機能として非効率だからといって、それを使う学習効率も悪いと考えるのは、ただの思い込みである。

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