Scribble at 2024-03-05 08:10:11 Last modified: 2024-03-05 08:18:52

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Twenty Years Is Nothing

この人は、世の中で普及している「プログラミング」というものの実態を、よく分かっていないと思うね。なぜなら、僕が思うに世の中で最も普及しているソース・コードの管理手法は「なにもしない」だからだ。あるいはせいぜい、気が向いたときに作業しているフォルダのコピーを作るといったことくらいだろう。

正直なところ、ウェブ制作会社で単独の要員として作業しているコーダとかプログラマの多くは、単独で作業しているがゆえに「変更管理」とか「ソース・コードの管理(バックアップも含めて)」というマネジメントの発想に乏しい。よって、ソース・コードの管理だけにとどまらず、そもそも業務環境や実務工程のマネジメントという発想に乏しいため、Git だろうと Subversion だろうと使わない人が多いと思う。実際、弊社でもコーダが Git を使い始めたのは5年ほど前だった。それに合わせて僕も GitHub にアカウントを作ってソース管理を続けているが、社内でコラボレーションしたことは一度もないまま、コーディングの人材は会社から全ていなくなってしまった。なので、当社で Git を扱えるのは僕だけである。もちろん単独でもバックアップや変更管理のツールとして使い続けてはいる(ちなみに僕のアカウントを GitHub で見つける人もいるとは思うが、大半のリポジトリが業務用であり private なのでフォローしても意味はないと思う)。

このような工程管理どころかマネジメント手法そのものの軽視という傾向は、ウェブ制作という業界全体の傾向であり、もちろん2000年代の前半に業界の実務的な話題についてヘゲモニーを握った、広告・イベント系の制作会社が引き起こした「人災」だと僕は思っている。特に、大半の事業者では実行できないお題目や机上の空論を著書などでバラ撒き続けた、ビジネスアーキテクト、キノトロープ、ミツエーリンクス、IIJ、image src、バスキュールといった、広告代理店御用達の「スター企業」が、電通や博報堂など特殊な工程管理や経理処理を続けている広告代理店の出入り業者として、マネジメントというアイデアや実務工程やスキルをウェブ制作の業界においてスポイルし続けてきたことは、既に歴史的な事実と言ってもいい。

かつて、僕は2008年頃に、こういう傾向は発注企業と広告代理店と受託制作会社のそれぞれに責任があるという主旨で或る論説を当サイトで公表したわけだが、それから15年以上が経過しても状況は改善されていないし、もうそういう意欲のある事業者も殆どないようだ(そういや、純生氏の会社とかブログとかも URL や社名すら忘れてしまった。Movable Type とかの関連キーワードで探せばいいのかもしれないが、そんなことをするほど暇でもない)。それに、既にウェブ・コンテンツの制作という案件そのものが予算規模でも市場規模でも縮小を続けていて、たとえばプロモーション活動なら YouTube と SNS だけで十分だという企業も増えている。かつて、その「或る論説」では、中小企業が無理にオリジナルのコーポレートサイトなんて作る必要はないと書いたが、いまや上場企業ですらサービス・サイトの他にコーポレート・サイトがあるのかどうかもわからないようなところがある(特に海外は事業者情報をリスク対策として隠していることが多い。とりわけアメリカには、サービスに文句があると会社までやってきて猟銃をぶっ放すキチガイなんていくらでもいるからだ)。

かなり話が逸れたり広がりすぎてしまったようだが、ともかく Git が長らくソース・コードやバージョン管理システムという分野のデファクト・スタンダードなツールとなってしまい、競合が育たないのは多様性とか技術の進展にとって望ましくないという理屈はあろう。いま、ちょうど cultural evolution についての本を読んでいるから、なおさらだ。でも、それはソース・コードの変更管理という発想が業務プロセスに実装されているという大きな前提なくしては、相当に狭い範囲の実態しか語っていないと思う。実際、CVS なんて使わなくても、作業フォルダを Dropbox や OneDrive などのクラウド・ストレージに連携させるだけで、実質的にはソース・コードのバージョン管理をしているのと同じ効果がある。確かに、いくらでもファイルの変更履歴を遡れるわけではないが、僕らのような上場企業のコーポレート・サイトやキャンペーン・サイトのコーディングやプログラミングをやっている人間の20年くらいの経験から言っても、過去のコードを参照したり、それどころか過去のソースへ巻き戻す必要なんて、ほぼない。そんな1週間前のコードや1ヶ月前のプログラムにロール・バックしないといけないなんてミスを犯す(そして1週間や1ヶ月も気づかない)ような人間が、制作会社で単独でエンジニアをやっていてはいけない。せいぜいゼネコンの5次請け会社でコーダをしているのが適当だ。

それはそうと、このバージョン管理システムやソース・コードの変更管理というアイデアについては、大学のコンピュータ・サイエンスの学科でも概論なり概説と言えるようなドキュメントがあるようでない。恐らくは科学の対象ではなく「ビジネス」の話題だと思っている未熟な研究者が多いせいだと思うが、もちろん変更管理は、仮にビジネスの話題だとしても単独で学術の研究対象として議論するに値する。Qiita やブログで Git の初歩的な使い方をいまだに手ほどきしているような自称エンジニアなんて、何億人増えようと人類の叡智どころか人々の生活を向上させる役には立たない。基礎と基本は違うのであって、基本など日経や技術評論社が無数に発行している色々な雑誌やムック本に任せておけばよいのだ。せっかく学ぶチャンスがあるなら、やはり基礎をやるのが応用力という点でも有利である。老人が老婆心というのも変な話だが、少なくとも大多数の新卒エンジニアに比べて、経験だけは30年ほどのアドバンテージがある人間として、このような忠告を書いておく。

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