2017年12月28日に初出の投稿

Last modified: 2017-12-28

昨今、韓国と日本の政府で2015年に交わした合意が韓国の有識者会議で覆されて帳消しになったという話題が出ている。いまや韓国から大勢の観光客が訪れたりするし、かたや国内では高齢者はドラマ、若者はアイドルで「韓流」に熱を上げる人も増えている。もちろん、こうした刹那的なことだけで好感度が上がればいいというものではないと思うが、いたずらに敵愾心を持ち続けているわけでもなくなってきたにもかかわらず、いまだに政治では軋轢が生じ続けている。

僕は、中国や韓国で「反日教育」なるものが実際に行われているとしても、それは仕方のないことだと思う。寧ろ日本のように、沖縄と広島と長崎の他では手のひらを返したようにリセットしてアメリカの文化や政策に追随し、口先だけの「民主主義」や「熟議」などといった空語を小学校から大学にいたる大勢の教員が口走っている方がどうかしている。それは、歴史を勉強しない人間の体裁にすぎないのではないかとも思う。もちろん、冒頭で述べたように、原子爆弾を落とされて非戦闘員も含めて膨大な人々が殺害されたという一点だけでアメリカを憎めなどというのは、馬鹿げている。日本の軍隊が海外で行った(正規の戦闘行動も含めて)悪辣な行いを歴史として知っておけば、単純にどちらの国がどうとは言えないはずである。そして、朝鮮や中国には非がないのであるから、彼らが一方的に日本の振る舞いを指弾し続けるのは当然なのであるし、そういう歴史を忘れないように教育し続けて、日本が再び馬鹿げた野心を持たないように牽制するべきだという方針で教育内容を決めることも、もっともなことだと思う。日本においても、アメリカがいたずらに核兵器を使うなどと言い出したり、日本に核兵器を持ち込んで逆に他国から攻撃される標的にならないように、アメリカを牽制するための素養として原子爆弾を投下するに至った経緯を丁寧に教育するべきなのだ。

そして、これは相手に敵愾心をもって憎むためのものではないというクールな姿勢も身につけさせることが大切である。

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