Scribble at 2025-10-23 13:01:54 Last modified: 2025-10-23 13:43:40

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会社へ出社するときしかノートを取っていないので、渕野さんの線形代数は第2章までしか進んでいない。ここまでの感想として言うと、既に述べたとおりテキストの記述や構成について多くを考えさせられ、また本当に実行するかどうかはともかく科学哲学のテキストを作ろうと準備している者としても参考になる議論が(注釈にも)多く含まれている。しかし、肝心の線形代数の解説については、やや気になることがあって、残念ながら数学の教科書としては他の例に漏れず微妙な評価となってしまう。

おそらくは哲学にも言えることだろうと思うのだが、或る数学の概念を説明するにあたって、本来なら数学として厳密に定義できるはずの語句を使わずに済ませるというのは無理がある。「数」という言葉や「計算」といった言葉についてすら、本来は何の頓着もせずに導入するわけにはいかないはずだからだ。したがって、循環という比喩は適していないと思うが、スパイラル状に概念の理解を限定的あるいは正確なものへ進展なり向上なりさせてゆくプロセスが教科書の中で適切に構成されている必要があろう。哲学でも、ほとんど高校を出るまでに授業で(必ずしも現代文の授業である必要はない)正確な説明や定義も与えられていない人々へ、いきなり「概念」とか「観念」という語句を使って教科書を展開しても、それを所定の意味で使っているからこそ序盤の記述に特定の効果があるはずなのに、たいていの学生は教科書を再読しないのだから、その効果が相手に理解されないままとなることが多いと思う。

渕野さんのテキストでは、初出の概念について丁寧に解説するだけではなく、本来なら後に出てくる用語を(それよりも前の章節でわざわざ使う必要があるのかどうかは疑問があるにせよ)脚注で解説するというスタイルを取っているのだが、僕はこれはあまりよい方針だとは思わない。理由の一つは、わざわざ後で解説する概念を冒頭の叙述に持ち込む妥当な理由がないからだ。そこで説明している内容が、線形代数という体系においてどのような役割や意義があるかを強調するためという意図は分かるのだけれど、そもそもそのような意図を読者に説明する、あるいは正当化するなり弁解するなり説得する必要があるのかという気がするからだ。これまでにも言ってきたように、数学の力は unreasonable applicability と言うべき無味乾燥さや情け容赦のない抽象なり形式だけの議論にある。したがって、数学に対して「何の意味があるのか」とか「何の役に立つのか」という問いは根本的に数学を誤解している者の問いに他ならず、寧ろそのような問いを発するような人間の役に立とうとして教科書を書くと、序盤は通俗的であるにもかかわらず中盤辺りからいきなり抽象的な議論ばかりになって、たいていの読者を放置して「数学ができる良い子だけの読み物」と化してしまう。大半の数学のテキストを「欠陥商品」だと言っているのは、それが一つの理由だ。

よって、行列という概念を設定して数々の規則性があることを知ったり、応用できそうな仕組みや規則性を理解すること自体に楽しみや意義があるという説明をするだけでよいのであり、そこで見出すべき特性や規則性を粛々と説明しながら展開していけばいいのであって、それがどういう役に立つのかを見出したり思いついて自分の用に役立てるのは、読者の責任であり自由なのである。

したがって、やはり形式や抽象度の理解という進度を語句の選定や文章構成として設定するに当たって、思い込みや思い上がりというミスが非常に多い(僕は人文・社会・自然系のかなり広範な分野の教科書を読んでいるから、他の分野の教科書に比べて非常に多いという実感がある)数学の教科書には、やはり著者や編集者に何らかの致命的な問題が昔からあるのだろうと思う。そして、それが改善されたり修正できないような類の困難であり、簡単にはどうにもならないがプロパーの多くは自覚しているというならわかるのだけれど、僕にはそういう自覚があるとは思えないわけである。こうして、かろうじて自覚されていると期待できる渕野さんですら、必要があるのかどうかわからないようなところで、何章も先にやっと説明が始まる「線形写像」といった用語を導入している様子を眺めると、なるほど教科書を書くのはたいへんに難しいという感想をもつ。

それから、渕野さんの教科書で気になったのが、既に高校までの数学で慣れ親しんだ記号を違う意味で使う傾向があることだ。たとえば、^^\overrightarrow{a}^^ のように文字記号の上へ小さな矢印をつけると、標準的な高校までの数学ではベクトルを表す。これに対して、渕野さんの教科書では要素を並べた「列」という意味で使われる。だが、実際には後のページで殆ど使われておらず、わざわざ特殊な定義で記号を使っている理由がわからない。

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