Scribble at 2024-11-04 21:19:33 Last modified: 2024-11-04 21:20:14
A landmark work of political theory, Future Politics challenges readers to rethink what it means to be free or equal, what it means to have power or property, and what it means for a political system to be just or democratic. In a time of rapid and relentless changes, it is a book about how we can - and must - regain control.
442円で手に入れた。Oxford U.P. の本としては久しぶりに安く買えたのだが、もちろんこういう出版社からでも変な本は出るから、安いのにはそれなりの理由があるのかもしれないという警戒はしていた。だが、実際に手に取ってみると心配するほどのことではなかったと言える。かなり内容はシンプルだが、色々な話題を使って広範に調べ上げた論説が400ページほどあって、残りの200ページは注釈と文献表と索引である。日本ではなかなか出版してもらえない分量だ。いまでこそピケティなど社会科学の本も分厚い翻訳を続々と出すようになっているが、本書はテクノロジーと社会というテーマを扱っているのに、今年で出版されてから6年が経過するけれど翻訳が出るという話は聞かない。「YAMDAS現更新履歴」という、海外の話題作にツバを付けては先見の明を自画自賛している恥ずかしいブログでも紹介された形跡はないようだ。
ただ、内容はいいとしても、僕はこの手の経済や政治の議論をしている本には、やはり一定の困惑した印象をもつ。なぜなら、最先端の成果や議論を知るために、僕はたまたま500円もかけずに手に入れたし、それを原書で読めるからいいのだが、大多数の人は本来の為替レートなら3,000円ていどを出して買わなくてはならないし、原書で読めるわけでもない。仮に原書で読めるとしてみても、これをお金を出して買って読める階層なり境遇の人々と、これを買う余裕も読む余裕もない人々との格差が再生産されたり増幅されるだけではないのかという気がするからだ。これは、たとえば税制や株式投資に関する情報の大半が、そもそも資金をもっている人々にとっての enhancement であって、資金がない人には殆ど関係のない話であることに似ている。NHK みたいな世間知らずの放送局が、しばしば「若者が NISA を始めるようになっています」なんて報道するわけだが、そもそも NISA に手取りの一部を振り向ける余裕があるのは、大手上場企業のサラリーマンや羽振りの良い IT 企業の連中だけだ。日本の若者の 0.01% にもならないような人間の動向しか見ていないのである。でも、彼らには「トリクルダウン」という信仰なり言い訳があるので、気兼ねなくジャーナリストとしては致命的な視野狭窄や偏見に埋没できるというわけである。
こう考えると、当サイトでもアーロン・スワーツの文書を掲載しているように、やはりオープン・アクセス運動だけでなく、著作権を或るていどは脇へ置いた活動を支持せざるをえないという気分になる。もちろん、僕だってこれから公開する予定の科学哲学のテキストで少しは報酬を得たいという欲はある。元ゲーム作家だか SE だかの某物書きのように長野県に書庫を兼ねた別荘を建てるほどの収入を得たいとまでは思わないが、やはり才能を注ぎ込んだという事実には受益者として報いてもらいたいという気分はある。でも、やはりそれは(あくまでもモデル・ケースとしての話だが)生活保護を受けている人でも買って読めるていどの値段に収めるべきだろうと思う。そして、そのためには出版社、取次、そして広告代理店や販売代理店などを絶対に関与させない手段が必要だ(公開し販売するための決済や販売プラットフォームの費用くらいは価格に含めても良いだろう)。現代は、電子書籍でも印刷媒体でも、そういう条件を満たして出版できるので助かる。