Scribble at 2025-09-21 20:58:48 Last modified: 2025-09-21 21:09:57

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数学のテキストについてばかり酷評しているが、もちろん殆どの分野に同じことが言える。他人に教育するとか伝達するといった実務について、学会発表や口頭試問のディフェンスなどを除いて殆ど訓練も知見もなく、ただ単に大学で何年も授業を続けてきたというだけで教科書や一般書を手掛けられると思い込んでいるプロパーが、この国には多すぎる。また、その多くは出版社の編集者がサポートしてくれると舐めているわけだが、僕らのような小学生の頃から同人誌や文書の編集作業をやって、雑誌の編集者としても働いたことがある哲学者から見れば、かような態度でものを書いて他人に売り払うという態度そのものが傲慢であり不遜というものである。

かような人々に多いのが、自分たちの業界だけで通用する慣例を、当然のように文書の構成や用語の選択、あるいは章節の表記方法に採用して、なんとも思わない無神経だ。一例として、弥永真生氏の『リーガルマインド 会社法』(第14版、有斐閣、2015)の冒頭に出てくるページを紹介しよう。更に前のページでは、会社法の章立てを機械的に並べているだけの目次まがいと言ってもよい内容で、紹介にすら値しない。

まず、上の画像で最初に出てくる「法人 (3) を [...]」だが、この「(3)」は注釈ではない。しかし、それではいったい何を表しているのか、凡例のページには何の説明もない。恐らく、リーガルマインドと言えば司法試験の予備校(LEC)で使われることを想定して書かれたテキストであろうから、この予備校に通っている生徒や教師には意味が通じるのであろう。だが、無関係の人間には意味不明である。

次に、小見出しに付随する「(5・105 II)」という表記も、凡例には説明がない。まさか冒頭で会社法第5編の話かと思ってみても、会社法第5編に第105章などないし、ましてや第105条は遥かに前の箇所に出てくる。凡例に説明されている、他の判例集に該当する箇所でもないし、これでは予備校に入学してみないと意味がわからないであろう。

ということで、意味の分からない表記で何事かを説明したつもりになっているような人間が書いたものを読む必要も義務も理由も時間もないわけであり、この本は即座に再び古本屋へ売り払った。こういう本は、合言葉を共有している LEC の生徒が読めばいいのではないか。そして、もちろんだが江頭、田中、神田といったスタンダードな基本書も所蔵している当家では、学部レベルの会社法を学ぶにあたって十分な量と質の本があるから、この程度の薄っぺらい教科書を手放したところで何の杞憂もない。

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