Scribble at 2024-09-24 20:59:57 Last modified: unmodified
Google Maps を眺めていたら、料亭の「寿楽」が無くなっていたのを知った。同級生の女性が経営者一族だったのを覚えているし、小学生の頃は近くの永和というところに住んでいたこともある。この布施あたりは修士課程の頃までは足を運んでいたのだけれど、「寿楽」が無くなったのは全く気づかなかった。
布施というと、小学生の頃は『考古学ジャーナル』という薄くて高価な雑誌を購読していたため、学校の帰りに駅前の「ヒバリヤ書店」というビルの書店に立ち寄って買っていたものだった。恐らく当時も今も東大阪市では最大の書店であり、鉄道少年だった小学校の4年生頃から通うようになって、勉強の参考書から鉄道関連の本、そして小学校の5年生から中学にかけては考古学の本をよく買った。
それから、いまはパチンコ屋になっているらしいが、かつては布施駅と永和駅の中間にニチイがあって、小学校3年生頃は頻繁に親と買い物へやってきては「超合金」の玩具や鉄道模型を買ってもらった記憶がある。また、これも既に無いようだが、布施駅の北にもデパートがあって、そこでは母親が僕の誕生日に Di Maggio のブルゾンを買ってきたのだが、ご承知の方はいるかと思うが、Di Maggio というのは当時はヤンキーやヤクザが着るものとされていて、知らないままこれを着て外出したときに、見知らぬオッサンから因縁を付けられそうになったのを覚えている。それから、業務用の OASYS を二種類とも(100HX と 300A)分割払いで購入したのも、このデパートみたいな施設だったのだが、業務用のワープロを販売していたのだから、普通のデパートとは違う施設だったのだろう。
それからも何度か足を運んだけれど・・・まぁなんだ。たいてい同級生の女の子とか大学の後輩の女性とかの話なので、あんまり書いてもしょうがない。