Scribble at 2023-03-10 14:09:19 Last modified: 2023-03-10 14:17:05

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Lee Kauffman と Thomas R. Billadeau が UNIX/WORLD の1985年10月号に寄せた "Electric Publishing and the Myth of the Paperless Office" という論説を the Internet Archive で見つけた。

ペーパーレスな業務プロセスとか業務環境、つまりは事業経営というか実務についての楽観的な話だけでなく、こうして昔から懐疑的な話もあったことが分かる。でも、実際のところビジネス・ユースの機器なり使われ方が色々な会社や個人によって採用されたり実行されてゆく中で、何が簡単にできて、何が難しそうなのかが自ずと分かってきて、それは各々の時期に使われている機材と業務プロセスとの組み合わせで決まるのだから、原則として出来る出来ないと語ることには限界がある。その時々で短期的あるいは見た目の説得力はあるかもしれないが、しょせんビジネスが変わったり新しい機器が登場すれば、陳腐化したりどうでもいい議論になってしまうものだったりする。

ここで紹介している論説でも、ペーパーレスと関係あるのかどうかは知らないが、プリンターの解像度が低いだの WYZWYG な編集ソフトがないだの、あるいはペーパーレスで電話だけの会議になっても不十分だのという話が出てきたりする。でも、もちろんご承知のとおり、既に家庭で使う1万円ていどのプリンターですら解像度が1インチあたり2,000ピクセルを超えていて写真の印刷も十分な再現力がある。そして、恐らくこの記事が書かれた時代に IBM が投入していたメイン・フレームを遥かに上回るスペックのコンピュータを、現在は何十億人がスマートフォンとして使っていて、高度な編集機能があるアプリケーションも使える。あるいは、Automattic のように大半の社員が世界中に散らばっている会社もあって、大きな問題も報告されずにオンラインのビデオ会議でやりとりしているのだろう。たぶん、生身の Matt に会ったことすらない Automattic の社員すらいるかもしれない(つまんない name-dropping だが、僕は Matt と Nao さんに会ったことがある)。

美しく編集された文書の出力コストは、昔に比べたら格段に下がっている。でも、ペーパーレスは進まないのかと思いきや、昔に比べたらペーパーレスは多くの企業で進行中であろう。いまどき、社員が出勤したときにタイム・カードを機械に挿入して打刻するなんてことをやってる会社の方が珍しいだろう。また、手書きの稟議書なんて当社ですら10年以上も前から目にしたことがないし、決裁された稟議書をつけて何かの支払いを経理に頼むときでも、もう何年も前から PDF ファイルをクラウド・ストレージで所定のフォルダに入れるという手順に換えている。もちろん、僕の管掌である個人情報保護マネジメントにおいても、社内規程や帳票・記録類は昨年度のタスクとして全て電子化したし、大半の記録類は Google Workspace で Google Docs や Google Spreadsheet の形式にした。そのため、プライバシーマークの書類審査(現地審査の前に行う書類だけの予備審査のこと)では印刷物を送付することとなっているため、そのためだけに紙に印刷するなんて面倒なことを2年おきに繰り返している。もちろん、審査用に提出する以外の理由で紙へ印刷する機会なんてない。また、既にリモート・ワークで大半の社員が殆どの業務を自宅でこなしているため、わざわざ出社して顔を合わせて会議するなんてことのために全員がタスクの進捗を調整してスケジュールを合わせるという不合理がなくなり、会議のスケジューリングも自由度が増えたと聞く(とはいえ、会議に参加しながら別の業務をしている実態もあるらしいが)。

記事の中では、コンピュータの高度な DTP ソフトウェアという需要が増えると、それは紙に印刷するためのものなので、そのような需要が増えるとペーパーレスに逆行する結果となると指摘されている。しかし、そうとも言えない。まず、コンピュータでのページ・レイアウトや動画編集や音楽制作に使うソフトウェアは、機能としては飽和ないし一定の水準にまで到達してしまった印象がある。たとえば WORD や一太郎のレイアウト機能がどれほど向上しても、既に大半の企業では話題にすらならない。PowerPoint や Keynote のトランジションが倍の種類に増えても誰も驚いたり喜んだりしないだろう。もう既に大半の(デザインの)素人にとって、現行のソフトウェアはオーバースペックなのである。スマートフォンですら、昔ならプロが使っていたようなレベルの動画編集ソフトが200円くらいのアプリケーションとして使えてしまう。もう十分に機能は増えた。よって、ここ最近のトレンドは飽和したスペックを持て余している人々のために「AI」が代わりにやりましょうというわけである。でも、それだけソフトウェアの機能が充実しているにもかかわらず、一太郎で作成した「書類」を印刷する会社が多いかというと、そういうわけでもない。どちらかと言えば、印刷せざるをえない相手に対応して、そこまで必要かどうかも分からない高度なソフトウェアを使ってしまっていると言った方がいいのではないか。なので、ソフトウェアの向上と、業務がペーパーレスになるかどうかはあまり相関がないように思える。よって、"The myth of the paperless office has been dying a slow death." とは言えない。

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