Scribble at 2023-01-08 13:52:36 Last modified: 2023-01-09 09:20:36

大阪市立中央図書館から『高知県史 民俗資料編』(高知県、1977)を借りてきたのだが、図書館で中身を確認しないで持ち帰ってきた。結論から言うと、これに収録されている「幡多日記」は鹿持雅澄の『幡多日記』ではない。山中多之助という人物が天保13(1842)年から安政5(1858)年にかけて書いた日記を『高知県史』の編者が「幡多日記」と任意に名付けたものらしい。

ということで、高知県のオーテピア図書館が全くメールに応対してくれない以上、高知県まで出向いて自分で図書館から借りて館内で複写するか、あるいは高知県に住んでいる誰かに代行を依頼するしか、鹿持雅澄の『幡多日記』を翻刻したという小冊子を読む方法はない。まさに鹿持雅澄が生きていた時代と変わらないくらい後進的な情報環境という他に無かろう。少し調べてみたら、買い物の代行は取次の’サービスがあるようだ。高知県で買い物を代行し、他府県に発送してくれている人がいるため、図書館で本を借りて複写して郵送してくれるように代行をお願いできるか、交渉してみる余地はあろう。

ただ、借りてきた『高知県史』が全くの無意味というわけでもなく、たとえば江戸時代の記録として或る時期は煙草を吸う人が非常に増えたらしく、大人も子供も大半が煙草を吸うので、誰かの家を訪れると客席に煙草が置かれているほどだという。テレビ・ドラマでは教育上の配慮もあって煙草を吸うシーンというのは、もともと少なかったのだが、最近は殆ど見かけなくなった。もちろん、吸う人が減っているから当たり前でもあるが、僕には時代考証として違和感がある。そもそも、僕らが小学生の頃(45年ほど前)だって、大阪環状線の列車内で大人が煙草を吸っていたりしたのだ。いまでこそ大雨で冠水した地下街に水が溜まってもゴミが浮いていない動画が拡散されて、日本人は奇麗好きだなどと嘘っぱちが世界中に広まっているが、つい数十年前までは電車の中にすら吸い殻が散らばっていたのである。

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