Scribble at 2021-08-30 10:31:15 Last modified: 2021-09-09 13:05:18

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ビジネスで一番、大切なこと 消費者のこころを学ぶ授業

昨日から、Youngme Moon によるマーケティングの本を手にしている。既に「1日に1冊」というタスクは難しくなってきているが、だからといって止めるわけにはいかない。たかが1日が2日や3日になったところで、(1) 僕がアホになるわけではないし、(2) 企業の部門長として何か失態を犯すリスクが高まるとも言えないし、(3) 自分で決めたことを貫徹できない無責任さが強まるわけでもない。特に (3) については、確かに多くの人は自分に甘いので、ひとたび例外を認めると際限なく例外だらけにしてしまう可能性があるため、例外を一つでも認めたら終わりであるかのように強迫的な態度をとりやすいが、最初から1日で1冊を読まなければ明白に何らかの害悪や被害が生じるわけでもないと分かっていれば、例外が生じる条件をはっきりさせて対応できる。つまり、或る条件を満たせば1日に1冊は通読できないというルールを作れるのだから、もはやそれは例外でも予想外でもなく、自分のコントロールしている計画の範囲に収まり、無責任さを免れる。たとえば、当日の業務時間が非常に長くなっているときや、どこかへ外出するとき、あるいは自分自身や家族が病気になれば、読書どころでないのは人として当然だろう。

数日前にマーケティングの本は読んでいてつまらないと書いたが、もちろん中には本書のように興味深い本もある。特に、「マーケティング」の既成概念をしっかり原則と事実と色々な学術的成果に支えられて〈巻き戻す〉ような内容の本は、読んでいて安心できる。この本でも展開されている議論だが、昨今はとにかく「なんとかマーケティング」と称して、実際にはクズみたいなウェブ・アプリケーションや未熟な思いつきや猿知恵を応用した、小手先のテクニックや業務プロセスをマーケティングと称しているインチキな物書きが多い(特に「オンライン・マーケティング」や「メール・マーケティング」と称する本を出す大半の著者は、そもそもマーケティングについて経験すらない、ネット・サービスの使い方を知ってるというだけのゴロツキどもだ)。僕は、失礼ながらセス・ゴーディンという人物も、著書を読む限りではそういう人物のようにしか見えない。書きっぷりがフランクであるために「クリエーティブ」で既成概念をひっくり返すような人物であるかのように思えるかもしれないが、僕には本書で指摘されている「異質的同質性」に陥った些末な独自性しかないマーケティング手法を、奇抜で新しいと本人が勘違いしているか、あるいは読者に勘違いさせようと巧妙にプレゼンしているだけにしか思えない。

小手先だけでもあれこれと思いついて言う人って、外見だけは「クリエーティブ」に見えるんだよね。日本の広告代理店によくいるコピーライターとかでもそう。実は殆どが『デイリーポータルZ』で記事を書いてる人々みたいな、ただのオモロイ人でしかなかったりする。まれに、ほんまにオモロイことを書くので読んで楽しいが、Twitter のアカウントをフォローして毎日のように読むような媒体ではない。なぜなら、事実だけを言えば圧倒的に下らない記事の方が多いからだ。

なお、本書の著者は「ヤンミ・ムン」と表記されているが、彼女がホストを務める "After Hours" (HBS) というポッドキャスト番組で本人の自己紹介を聴くと「ヤンミーン」と聞こえるのが面白い(もちろん区切って丁寧に発音する人は「ムーン」と言っている)。また、書名は「ビジネスで一番、大切なこと」などと新人研修のテキストみたいな訳し方をしているが、どうもビジネス書のこういう意訳は、これまで幾つかご紹介してきたように翻訳としてのセンス(なるほどと、僕が感心させられるような表現)がないのは残念だ。才能もないのに、文学的な捻りを加えようとするのは醜悪で稚拙だから、止めたほうがよい。原題は "Different: Escaping the Competitive Herd" となっており、「本当の違い:競い合う群れから脱出するには」というのが原題の伝える主旨だ。ところが、訳書は副題についても、「消費者のこころを学ぶ授業」などと、僕の感覚からすると意味もなく女性的なニュアンスの日本語表現になっていて、どうも胡散臭い印象をもつ。本書は店頭できちんと冒頭の文章を読んだからこそ買おうと思えた一冊であり、もしそうではなくアマゾンで「ジャケ買い」しかできない状況でタイトルだけを見るだけだったら、たぶん買っていなかったのではないか。それくらい、翻訳というものは〈まともなレベルのマーケティングの観点から言って〉ミス・マッチを引き起こすリスクがあるという自覚が、どうも日本の翻訳者や編集者には欠けているのではないか。

さて中身については、前半で展開される、現在の「差別化戦略」とやらの逆説的で皮肉な状況を指摘した痛快な論述は誰でも首肯するところだろう。そういう差別化の最たるものが、これまで読んできたビジネス本でも語られていた「顧客満足」とか「顧客志向」とか「顧客優先」という、実は押し付けがましい過剰なサービスを積み上げて競争した結果の、顧客にとっては単なる収穫逓減則だ。それでも、たとえばメイヨー・クリニックのように、僕らの大多数が常連にはなりたくないサービスについては、たった一度の機会で提供される過剰サービスに感激したり感動するため、収穫逓減則が効果を発揮しにくい分野というものはあって、医療とか(1年に一度すら旅行しない人にとっては)宿泊業が今だに顧客満足を目標に事業を続けていられる事実を説明できるだろう。簡単に言えば、星野リゾートがヒルトンなどと並んで顧客満足という「異質的同質性」のマーケットで成功しているのは、彼らがたいていの人は頻繁に宿泊できない、つまり同質性による凡庸さに飽き飽きするまでに至らないような回数しか訪れられない高額の高級ホテルしか経営していないからなのである。もし星野氏が例の社長に入れ替わって APA ホテルを経営して同じことをしても、恐らく赤字になるだけだ。いかに素晴らしいサービスのホテルでも、無意味に出張回数を増やすサラリーマンなどいないし、出張で泊まる場所として APA ホテルを選択しても過剰なサービスをペイするだけの宿泊費を払うわけではないからだ。

そして後半で展開される、異質的同質性を超えるサービスや商品の紹介では、『ブルーオーシャン戦略』でも紹介された、いわゆる "category breakers" の色々なタイプが事例として登場する。ただ、『ブルーオーシャン戦略』でも本書も、シルク・ド・ソレイユが優れたサービスとして紹介されているのが、いまとなっては皮肉でもあるし、事業継続の難しさを明白な実例として突きつけてもいる(シルク・ド・ソレイユは新型コロナウイルス感染症の流行による興行中止によって経営破綻)。それから、著者がアジア系だからなのか、やたらと日本の商品が成功事例として出てくるのだが、AIBO はともかく他はかなりマイナーで成功事例と言っていいのかどうかすら怪しい。それに、他の場合でも彼女が紹介する成功事例の市場規模は小さすぎるように思える。ハンバーガーの或るブランドがどれほどブリトニー・スピアーズのお気に入りでも、恐らく殆どの日本人は知らない。IKEA は日本にも店舗を構えているが、IKEA やニトリのような店で家具を買いたい人や、買った人は、実際には多くない。BAPE なんて聞いたこともなければ、ここのシャツを着てる人だって見たことがない。実際、本書の原著が出たのは2010年だが、すぐ翌年には BAPE ブランドを展開する企業が香港の会社に買収され、その時点で開示された情報によると10億円を超える赤字だったそうだ。ぜんぜん成功したブランドでもなんでもなかったわけだ。

こういうわけで、前半のマーケティング業界に対する批評は楽しいが、後半はやはり出版された後の結果を知ってしまっているからには、その有効性や信憑性に疑問が残ってしまう。しかも、この手のマーケティング研究者が成功事例として紹介した企業が破綻してしまうスピードも上がっているように思えるため、結果論としても見ている「成功時期」の期間が短いのではないかと思うし、その成功時期の間も破綻に至る原因が生じていたのだろうと思わざるをえないくらい、失速までの期間も短いため、現状分析の難しさも感じる(当人の分析能力が劣っていると言いたいのではない)。もちろん、Moon 当人も「ホスタイル・ブランド」と呼ばれる〈突き放し系〉のブランディングには納得していない様子が伺えるのだが、他に調べてみたらもっと長きに渡って一定の成果を遺している事例はあるかもしれない。日本でゴリラのシャツなんて見たこともないが、ちゃんと長年に渡って売れている〈ヘンな〉商品はある。例えば、テレビ・コマーシャルで何年も「まずいー!もう一杯!!」としか言わない『キューサイの青汁』などはどうだろう。(とは言え、ただの1商品の売上だけではスケールが小さすぎる。)

それから、手にとって暫く読み進めてから「これは駄目だ」と判断して、古本屋に送る候補として仕分けた場合でも、1冊の一部に目を通したという扱いにしていいなら、この方針でビジネス書を読み始めたときから1日に1冊というペースは守っていたことになる。さきほども、ヤンミ・ムンの本を古本屋送りの山に追加してから(申し訳ないが、〈良いこと〉は書いてあっても再読するほどの価値はないと思う)次の本を手にとったのだが、酷く浅薄な発想で書かれたマネジメントの本(『プレイングマネジャーの教科書』)で、通読する必要を感じなかった。これはもともと古本として安く手に入れたものだが、もしこれを書店で定価で買っていたとしたら、自分の〈鑑識眼〉の無さに強く失望していたことだろう。

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