Scribble at 2021-09-22 13:26:55 Last modified: 2021-09-23 23:46:22

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静かなる改革者―「しなやか」に「したたか」に組織を変える人々

昨日から読み始めた『静かなる改革者』は、期待していた内容と少し違っていた。もちろん、この内容は参考になることもあるが、予想していたよりも偏った価値観を前提にして書かれている。つまり、会社のルールは〈悪い〉ものであり、自己実現や自己表現のために敢えて悶着を起こさずに会社のルールを相対化したり無効にしたり再考させるには、どうすればいいかという話である。それゆえ、出てくる事例の大半が、いわゆるダイバーシティにかかわる「改革」であり、女性だとかマイノリティだとか LGBTQ だとか身体障害者だとか高齢者だとか、要するに〈その手の〉話に限られている。

僕がこういう本に期待していたのは、寧ろ逆である。ウェブの制作会社やデザイン事務所のようなところは、簡単に言えば自己表現とルールの軽視を混同しているような連中が集まってきやすいので、僕らのような管理職としては、逆にどうやってバラバラな連中に「個人情報の保護」とか「情報セキュリティ」といったルールと背景の考え方を普及させられるのかが課題となる。しかし、業務命令だと言って簡単に従うくらいなら世話はない。どちらかと言えば、当人たちが十分に納得した上で自主的に、他人のプライバシー保護に気をつけることも一つの尊重するべき社会の要求なのだと分かってもらうための、堅実なアプローチが必要だと思う。

恐らく、本書で紹介されている〈逆向きの動機〉からの改革も参考にはなると思う。ただ、これも予想外だったのだが、本書では平社員やアルバイトといった下の職位からの改革を想定していたのだけれど、紹介されている実例の大半は実は経営側の人々である。上級管理職ではありながら女性であるがゆえに不当な扱いを受けていることへ抵抗するとか、金融業界では珍しい黒人の上級職として葛藤を感じるとか、それはそれで困ることもあろうとは思うが、何事かを変えようと思えば、平社員に比べたら圧倒的に楽な立場とは言える(実際、多くの事例では、まず自分のチームや部署から物事を変えている。平社員にそんな権限はない)。確かに上級職として言うからこそリスクもあって葛藤があるのは分かる。平社員が文句を言ってクビにされても、他のところで働けばいい。しかし、大企業の上級部長にまでなった人間が、女性であるがゆえの不利に文句を言ったことでクビになったら、他の企業でいちからやりなおすのは困難だろう。でも、権限があるからこそ自分の身の回りから物事を変えていけたという事例が多すぎて、これでは参考にならない。自分が管理している外科チームとか、自分が統率している事業部に、特別なルールを導入するといいうのは、どう考えても(権限とまでいかなくても)裁量があるからこそできるのであって、そんなことが前提なら、多少のリスクはあれ、誰でもドメスティックなルールの変更や微調整くらいやれるだろう。そもそもそういう裁量の余地で部門を運営するマネジメントの能力がなければ、エグゼクティブにはなれないだろう。よって、本書が描く「改革」は、会社の目的に沿う権限はなくても部門長として裁量の余地があった人々による改革であり、権限どころか自分の業務について裁量すらない圧倒的多数の人々が、同輩や上長を巻き込んで何事かを変えていく参考にはならないと思う。

それから実際に読もうとする人々にあらかじめ言っておくと、各章の最後に「結論」が置かれていて、これが各章の要約にもなっている。何章かを読み進めた感じで言うなら、この結論だけを読んでおけばだいたい著者の言いたいことは掴めるはずだ。正直なところ、本書は各事例のかなり些末な描写や脈絡の説明やエピソードの紹介が多すぎて、日本語で何と言うのか忘れたが、redundant な印象が強い。梗概だけ読めばいいと思う。「さまざまな形の抵抗」を書いているわけだが、その「さまざま」が単に描写されているだけであって要点がない。まるで日本の社会学者のように、昆虫標本のごとくかき集めた事例を並べているだけにしか思えないのだ。

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