Scribble at 2022-06-07 08:12:03 Last modified: 2022-06-07 10:02:38

19 Dubious Ways to Compute the Zeros of a Polynomial

MATLAB という数値解析のソフトウェアがある。まず大前提として書いておくと、大多数のケースで整数しか使わないコンピュータ利用者やプログラマは強い自覚がないだろうし、専門学校や大学ですら教わってもいない筈だが、コンピュータというのは実数での正確な計算はできない機械である。いちばん分かりやすいのは、無限小数である円周率だろう。半径 r の円周が 2πr であることは中学生でも知っているが、これを実数つまり十進法で〈正確に〉表記してみよと言われてやれる人はいないし、スーパー・コンピュータでも不可能である。無限の桁がある数を〈正確に〉表記できる物理的な手段など、この宇宙に存在しないからだ。そして同様に、その表記が正しいかどうかを検証する手段も存在しない。つまり、コンピュータが実行しているのは一定の仮説にもとづいた近似値の計算であり、或る桁までの精度しか保証できない。

さて、そういう近似値を解く問題に応じて、ありうる誤差とか選択できる計算手法などを色々と考案したり検証するのが、数値解析という分野だ。当サイトで公開している「シャミアの秘密分散法」でも、数学のモデルとしてラグランジュの補完法(多項式補完)という数値解析の手法を採用している。こうした近似値を高い精度で計算できるのが数値解析ソフトウェアであり、MATLAB の他にも Scilab とか Octave とか、もちろん有名な R や Mathematica も数値解析に使える。

ここで言及したいのは数値解析についてではなく、この記事を書いている Cleve Moler(クリーブ・モラー)という人物についてだ。彼は MATLAB の考案者なのだが、いま80歳を超えている。そして、アメリカでは日本で言う年金受給者どころか後期高齢者ですら、こうして一線級で会社や大学などで仕事をしている人がたくさんいるのだ(もちろん生存バイアスは理解している。全く動けない人も多い)。こういう現状に比べると、日本にも「高齢」のエンジニアや研究者はたくさんいるわけだが(大学の名誉教授はたいてい65歳を超えた人々だ)、アメリカと比べてインパクトが弱いのは、やはり公でものを書いたり論じるというプレゼンスが極端に弱いという一点に理由があろう。もちろん高齢であろうとなかろうと、エンジニアや学者にブログ記事を書く〈社会的責任〉などないわけだが、自主的にであれ後続の人々に何事かを伝えたり思わせるものが弱いというのは、やはり結果として知的な継承が弱く、結果論として色々なところで生まれ育つ偶然の才能を期待するしかなくなり、国力が弱くなればそれらを許容する余裕もなくなるのだから、この国がそういう点でも衰退するのは避けられないのだろうなと思う。それでも仕方ないというペシミズムや刹那主義が日本の(侘び寂びが大好きな)高齢者によくあるのは知っているが、いやしくも学術や技術に何十年と携わるだけの矜持があるなら、少しはジタバタしてもらいたいものだと思う。

いまのところ、僕はアマチュアなりにこうした活動は80歳でも続ける予定なのだが、さてそれができる生理的・時間的・経済的な余裕があるかどうかはわからない。だからこそ、そういう余裕があるのにしないという人々には、何か憤慨というよりも残念な印象を覚える。

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