Scribble at 2026-06-27 06:51:24 Last modified: unmodified
少し扱いの難しい論文だ。表面的には、社会階級があるほうがいいと言ってるように受け取られかねないからだ。しかし、主旨をどう受け取られようと、趣旨はそういうことではない。
本研究は、インド北部においてカーストの異なる男性たちをペアにし、共同でデータ入力作業を行うランダム化比較試験を実施することで、アイデンティティの不確実性が対人関係や経済的協力にどのような影響を与えるかを検証している。実験では、名字からカーストが明確に判別できる高カーストと低カーストの若年男性を募集し、1日限りの共同労働ペアを結成させた。これらのペアは、情報の開示度合いに応じて3つの環境にランダムに割り当てられた。第一の環境は、お互いのフルネームが読み上げられ、カーストが共通の知識となる環境だ。第二の環境は、ファーストネームのみで紹介され、カーストを開示するかどうかは参加者の自由な選択に委ねられる。そして第三の環境は、ファーストネームのみでの紹介に加え、プライバシー保護を理由にお互いのカーストを特定できるような情報の開示を控えるよう明示的に指示される環境である。労働の合間には休憩時間が設けられ、ペア同士が自由に交流できるようになっていた。また、共同作業の成果に応じた出来高払いに加え、各タスクで「シニア・パートナー」と呼ばれる役割を選出した人には追加のボーナスが支払われる仕組みが導入された。
さて実験の結果だが、フルネームを開示した環境では、ほぼすべての参加者が相手のカーストを正しく推測でき、カーストは共有の知識として機能した。しかし、ファーストネームのみの環境や開示を禁止された環境では、相手のカーストに関する推測の正確性と、その推測に対する確信度が大幅に低下した。興味深いことに、開示が自由な環境では、高カーストと低カーストのどちらの参加者も同等の正確さで相手のカーストを推測していた。これは、会話において一方が自己開示をすると他方もそれに応じるという相互性の規範が存在するため、アイデンティティの開示がペアの間で相関して起こるからだと説明されている。一方で、開示を明示的に禁止された環境においては、低カーストの参加者の方が高カーストの参加者よりも自身のアイデンティティをより効果的に隠すことに成功していたという。まぁ、そりゃそうだろう。もともと階級が上の人間は階級が上であることを隠さないと危険だという境遇にないのだから。
こういうわけで、結果を見ると、アイデンティティが明確である方が社会的な調整が円滑に進むという協調仮説(coordination hypothesis)を強く支持することになった。カーストが不確実な環境に置かれたペアは、フルネームを開出したペアと比較して、対人関係の結びつきが著しく弱くなることが示されたからだ。具体的には、心理的な一体感を示すアイデンティティ融合つまり仲間意識の指標や、将来再び個人的に会うと予想する確率が明確に低下したのである。この関係性の悪化は、金銭のインセンティブを伴う信頼ゲームの行動にも現れている。相手の名字が分からない環境では、参加者がペアの相手に送る金額が約15%減少し、相手が自分に返してくれるだろうという互恵性への期待も低下した。さらに、実験後に実施された「同じカーストの知らない人と働く代わりに、今のパートナーと再び働くためにどれだけの賃金プレミアムを受け入れるか」という調査においても、アイデンティティを隠された環境の参加者は、パートナーと働き続けることへの価値を低く評価したという。
そして、アイデンティティを隠すことで低カースト層への差別が減少し、より実力主義的な環境が生まれるという差別仮説も検証されたが、これを示す証拠はほとんど得られなかったという。つまり、お互いのことを知らなければ是々非々や能力だけで協働するから、余計なことを考えずに生産性だけに集中するから有利であるなんていうお花畑の理屈は成立しない。皮肉なことに、階級意識があるせいで、協働作業においては高い階級の人間がリード役としての責任をもって行動するようになるため、寧ろチームが機能的に働いて生産性が上がるということだ。もちろん、だからといってこれを階級制度や差別の支持として受け取るべきでないということも強調するべきだろう。