Scribble at 2024-12-07 10:45:56 Last modified: 2024-12-07 10:46:45
AGI がどのようなものであるかは、もちろん「知性」の定義によるので、研究者によって定義が色々とある以上はコンセンサスというものがない状況だ。そもそも、AGI のレベルに到達したと言いうるシステムなり定式化が存在していないのだから、何か具体的な目標とかパラダイムがあるわけでもない(ちなみに、これも「パラダイム」という言葉の一つの用法だ。科学哲学者だからといって、業界用語としての意味だけに使っているわけではない。造語が少なくてありふれた単語の組み合わせを使う英米哲学では翻訳で間違いを起こしやすい一つのポイントだ)。
ただ、明らかな条件は幾つかあると思う。その一つが、このサイトで解説されているように、「知性はタスクの処理能力のことではない」というものだ。たとえば、藤井聡太竜王・名人が使っているようなレベルの将棋ソフトウェアは AI を搭載しているが、しょせん将棋しかできない。そのシステムで画像を生成させようとすれば、殆ど新しくシステムを構築するのと同じ程度に追加のプログラムやライブラリをインストールして設定し、もちろん画像の生成に必要なモデル・データを追加する必要があるだろう。しかし、そのシステムで将棋と画像の生成がどちらもできるようになったとして、では次に初音ミクの声で歌を歌ってくれと言っても何もできない。また再び、音声合成なり DTM のシステムを追加して設定しないといけない・・・かようにして、ええい面倒だと「マルチ・モーダル」と呼ばれる複数のタスクがこなせる AI を実装したとしても、それは「マルチ(複数)」のタスクに対応できるだけであって、確かに曲を奏でたり将棋したり計算したり世間話に答えたりスケベな画像を生成できたとしても、では次に JR のサイトへアクセスして Google Calender に設定してある予定に合わせて新幹線の指定席を予約してくれと言っても、やはりそのシステムではできないだろう。いや、そもそも画面やスピーカーなどという所定のインターフェイスでしか出力できないわけであるから、人が身体でやっている「アウトプット」の大半ができないわけである。たとえば、ウンコしたり。ウンコすることは「知性」とは関係ない? それはただの偏見というか脳の機能に関する無知でしかない。ウンコするのに、どれほど身体や認知機能を働かせているか、少しは考えたり調べてみるといい。
ということで、個々のタスクなり課題、それからタスクを実行するための基本データが与えられたら、しかるべき精度で実行できる。いや、しかるべきどころか、いまや人の能力や生産性を超える成果を発揮する。僕が、ウェブのデザインやコーディングなんて数年で職能として消失する(し、まともな「設計」という意味でのデザインに有能な人材が専念できるよう、そうなるべきでもある。凡庸な人間や無能が職を失うのは、失業という社会政策上の問題として解決するべきだが、無能を業界から叩き出すこと自体は産業のサステナビリティにとっては「正義」である)と言っているのは、それが理由だ。でも、なんだかんだ言っていようと、現状の AI はそれだけのものでしかない。自ら解決すべきことやリスクを見出したり、その解決に向けて何が必要であり、何を学んだり解消すべきかを自ら考えたりはしないし、もちろん実行もしない。Anthropic や Google や OpenAI の AI エンジンが自ら API を使ってお互いを最適化したり調整などするわけないし、『攻殻機動隊』のタチコマのように集まって議論するわけでもないのだ。