Scribble at 2026-07-26 19:05:21 Last modified: unmodified
The Guardian も酷い広告を掲載してるなぁ。これ、ページの上半分が広告とグローバル・メニューで埋まってしまっているから、下にスクロールしてページをキャプチャーしたんだけど、月額で $15(約2,500円)で購読しないと広告は消えないようだ。ポップアップしないだけマシと言うべきか。
ともあれ、この記事は、ニューヨーク州にあるサラマンカ高校が人型ロボットの "Sally" と AI 教育アシスタントを導入するパイロット・プログラムを開始しようとしているという話題だ。しかし教師や地域住民、とくにネイティブ・アメリカンのコミュニティから強い反発が起きているという。"Sally" は24時間対応が可能な個別学習のシステムなのだが、もちろん教員は自分たちの負担が軽くなると喜ぶどころか、教育現場の人間性や人間関係が損なわれるとして導入は不適切だとか気味悪いと反発している。また、生徒とのやりとりのデータをどう扱うかが不明確であり、プライバシーが侵害される懸念もあるという。そもそも、州自体は教育現場にテクノロジーが導入されすぎているとして見直しをしている最中であり、そのような傾向に逆行しているという指摘もある(実際、ニューヨーク州の当局すら懸念を表明している)。おまけに、この "Sally" を開発・提供する Realbotix という企業は、過去にラブ・ドール(日本では「ダッチ・ワイフ」という名前の方が知られているだろう)のメーカーを買収していて、余計に教員や保護者の不安を煽っている。そして、この高校に特有の事情として、生徒の約 40 % がネイティブ・アメリカンであることから、マイノリティを産業の実験台にしようとしているという歴史的な経緯にからんだ反発を呼んでいるようだ。いまのところ校長や校区の担当者は反応なしの状態であるという。
テクノロジー、とりわけパソコン、インターネット(安価な常時接続)、スマホ、そして AI の普及によって、教育現場も教育に関わる行政なり法令なり産業なり、それから教育学や評論家の業界もとりあえずは混乱の状況にあると言えるだろう。まず第一に必要なのは、教員と、それから「東大生の掃き溜め」と呼ばれる文科省を始めとする役人にテクノロジーの基礎を叩き込むことだ。そして、いったん教育学者や教育評論家をメディアから放逐して、彼らの意見を無視することが必要だと思う。妙なことを言っているようだが、その理由は明白だ。未熟な経験と記憶の積み上げだけで教育を語る、およそ科学でもなければ学問とすら言えないことをやっている手合いの御託なんてものは、少しでも制度や環境が変われば即座に通用しなくなり、後は空虚で無責任な精神論をテレビや雑誌や新聞で喚き続ける他になくなるからだ。そういうタワゴトは、生成 AI のスロップよりも酷いゴミやノイズでしかなく、30年から50年くらいは無視して法令や制度や教育手法を試行錯誤で練り上げる方がマシだと思う。特に今回のような、活用すべきことは色々あっても、安易に導入すれば教員の仕事を(間違って)置き換えかねないと言われる生成 AI やロボット・アシスタント(アバター)のようなテクノロジーについては、教育学者や教育評論家の意見は無視した方がいいと思う。
その上で、ひとまず言うことがあるとすれば、確かに貧しい家庭で ChatGPT の API 料金を払い続けろというのは酷なことだから、公的にサポートしたり対応できる手段があると良いのは確かだろう。しかし、そもそも生成 AI を使わなければならないような宿題や課題を生徒に出す必要があるのかを再考するべきだ。そして、もしそれが生徒のインチキ(単に計算問題を100問出されたから、それを生成 AI に解かせるといった)というのであれば、当然だが生徒をサポートする必要など微塵もないわけで、生徒がネイティブ・アメリカンだろうと両足が無かろうと自閉症だろうと、インチキしてよい理由にはならない。そして、もともと生成 AI がなくても人の教育は100年以上も続けられてきたのであるから(それが最善のやり方ではなかったとしても)、生成 AI がなくても対応できるだけの課題にすればよいはずである。そして、生成 AI そのものを教えるような単元で、初めて端末を用意した教室などがあれば、そこで紹介すればいいだろう。個々に生徒は学ぶし使うだろうから、金持ちはどんどん使うはずだ。でも、それで有利になるようなら、それは授業や課題や成績評価の方法が間違っているだけである。