Scribble at 2020-09-24 16:02:56 Last modified: 2020-09-24 16:27:41
そこまで言うか。まぁしかし、学術研究者の翻訳というものが時として酷い代物になり得るということは事実だし、もちろん文学作品の翻訳や技術書の翻訳にも言えることだ。とりわけ僕の専攻する科学哲学でも、長年に渡って《伝説的》とされる酷い翻訳があり、図書館で手に取ってしまいかねない後学のために幾つか挙げておこう。
・クーン『科学革命の構造』(中山 茂/訳、みすず書房)
・クーン『コペルニクス革命』(常石敬一/訳、講談社)
・パットナム『科学的認識の構造―意味と精神科学』(藤川吉美/訳、 晃洋書房)
・パットナム『精神と世界に関する方法――パットナム哲学論集』(藤川吉美/訳、 紀伊國屋書店)
・コペルニクス『天体の回転について』(矢島祐利/訳、岩波書店)
最後の矢島さんの翻訳は科学史に入るものだが、稀代の科学史研究者がなんとあろうことか最も重要な概念である「天球」を「天体」と誤訳してしまった致命的な本だ。これを、単なるコレクターへの売り上げを目当てに重版し続けるのであれば、それは文化的な犯罪と言ってもいい。そもそも、矢島さんの翻訳は日本語の文章としても古すぎるので、改訳を求めたい。よく、旧制高校時代の学生が読んでいた時代の本の言い回し(「縷縷」とか「況や」とか)を、内容とは関係なく得意げに読み下したり、あろうことか現代の自分の文章にも使っている人間がいるが、こんなものは保守反動ですらなく、ただの時代錯誤でしかない。他人にものを伝える気がない人間は、文章を公にする資格などなかろう。それこそ、自分の家の便所の壁か、ビューティサロンのチラシの裏にでも書いておけばよい。