Scribble at 2024-06-11 14:32:14 Last modified: unmodified
蔵書の処分ということで、次に立てた基準というかガイドラインは、読むべきなんだろうと思う本であっても、いますぐに読んで処分しないといけないというほどではないなら、それは蔵書として残しておくということだ。一部は、もちろん「積読」となるわけだが、それはいい。蔵書というものは、そもそも一度でも目を通した本だけを残してあるわけではなく、買っておいて未読の本が含まれているのは奇妙なことでもないだろうし、寧ろ多くの人々の蔵書(と呼べるほどの分量があるとしてだが)というものは未読の本がかなり多いだろうと思う。評論家や物書きでも、贈呈本というものがたくさん集まってきたりするわけなので、必ずしも読みたい本や読むべき本だけを山のように集めているわけでもなかろう。
ということで、たとえばトレバー・ノアの自伝なんかも、少し読んでみて面白いとは思ったのだけど、いま時間を使って通読するほどのものかと言われれば同意し辛い。そもそも、この前も書いたように、僕はもうアメリカの黒人差別について必要以上に一般教養的な、確かに「正しいこと」は書いてあるけれど、著しく薄っぺらい知識を得るための本を読むのは止めようと思ったので(そんなのは、既に文庫や新書で30冊くらい読んでいる。もういいだろう)、時間があるときに余裕があれば読むものとして残しておきたい。もちろん、知らなく良いとか読まなくてもいいというわけではない。