Scribble at 2024-03-11 20:09:52 Last modified: 2024-03-11 20:11:07

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上町台地では難波津を探して、長年にわたり大阪の考古学者による調査が行なわれてきましたが、その痕跡はまったく見つかっていません。難波津は上町台地に「なかった」と考えるべきと思います。

古代大阪湾の新しい地図 - 難波(津)は上町台地になかった

上町台地周辺、あるいは古代の大阪平野にあった河内湖や河内潟のような過去の環境については、いまも定説がない。地盤調査、つまりボーリング調査や、あるいは発掘調査などは数多く実施されていて、大阪市内でも年間に何千件という調査が公的機関や私企業でも実施されているわけだが、土木会社による大半の調査結果は学術研究に利用できる情報ではない。したがって、現実には少ない資料でしか過去の地形を推定する他にないのが現状だ。もちろんだが、大学の研究者がいくら学術研究の目的だからといっても、公道や個人の土地でボーリング調査など許可もされないし許容もされない。したがって、「まだ証拠が見つかっていない」からといって何かが無いとか有ると断定はできないわけだが、少なくとも現状では歴史学と自然地理学による紙の上での推論や比定だけでは、不十分であると言えるだろう。

ただ、「ない」と言うための根拠もまた、「道修町文化講演会」などという素人向けの講演会で、誰が発表したのかもわからないというのでは、学術的な価値はゼロである。

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