Scribble at 2025-12-13 07:27:37 Last modified: 2025-12-13 17:15:26

先日、父親らと天王寺のコーナンを訪れたときにフリースを購入した。タグには「着心地がよくて、暖かい」と書いてあり、これは中国製だなと思う。日本製なら、防寒着でこんな当たり前のキャッチ・フレーズをタグにわざわざ印刷するわけがないからだ。もっと別の差別化になるフレーズを考えて書くはずだ。

アマゾンで商品を眺めていても、ここ10年くらいのあいだに大半の商品が中国製となり、いまや家電や衣服で国内メーカーの商品は中国製に圧倒されている。そして、中国製の商品はたいてい、商品の紹介記事や画像のフレーズが日本語として奇妙な表現を使っていて、既に生成 AI を使えば日本人の学部生レベルはもちろん、修士ていどなら大半の学生を凌駕する高度で正確かつ流暢な文章が書けるというのに、いまだに妙な日本語で書かれているのが不思議だ。そして、そういう中国企業のキャッチ・フレーズは、いまでも朴訥というかプリミティヴというか、当たり前のことを書いているので、すぐに分かる。たとえば筆記具だと「よく書ける!」なんて書いてあるのだ(笑)。

でも、僕はこういうセンスが嫌いではない。もちろん日本人と同じく貪欲で遵法意識などない者も多いが、その根っこにあるのは、日本人とは違って「国家」というものを信用していない、長い歴史が培ってきた精神性なのであろうと思う。

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