Scribble at 2025-03-15 19:50:06 Last modified: 2025-03-15 20:08:27
今日はお昼ごろに図書館へ行ってきた。最近は地下の芸術・芸能の本を置く棚だけを物色するようにしている。人文、社会、自然系の本は、自宅にある本をしっかり読んで、売却して数を減らしていかないといけない。なので、一時的に借りて参考にする本としては、美術や芸能や民芸といった分野に限定したい。
ということなので、美学、日本画、写真、ジャズ、タイポグラフィ、陶芸、仏教美術、書法(中国)、チェロの奏法、動画編集、風景画といった話題の本を眺めて、何冊か借りている。もちろん、ふだんは過大評価だと言っているウィトゲンシュタインの色彩論も読むつもりだ。というか、全く評価していない人間が大修館書店の全集を持ってたり、いやそれどころかプロパーでも何人が持ってるかわからない Suhrkamp の全集まで持ってるわけがなかろう。
で、さきほど見ていた中でも、上の写真で分かるように、大部の『ピカソ』は興味をそそられた。あまりにも大部だし、いま読まなくてはいけないという心境でもないから借りていないが、これは一読したいものだと思う。そういや、マーク・トウェインの自伝もえらく大部の分冊で、あれもいつか読みたいと思っていたのだが、そもそも読んでる人ってどれくらいいるんだろう。それでも買う人がいるからこそ商業ベースの出版企画として通るわけなので、やはり日本というのは図書館に売れるだけでビジネスが成立するという、非常に幸運な国なのかもしれない。
ちなみに、この『ピカソ』の原作者であるジョン・リチャードソンというイギリスの美術史研究者(ちなみに大学の教員ではないし美学や美術史の学位もないが、例外的な人物というのはどこにでもいる)は、既に2019年に亡くなっていて、Siri Hustvedt が The New York Times に掲載した "Fourth Time Around: The Final Volume of John Richardson’s Biography of Picasso" (https://sirihustvedt.net/work/criticism/fourth-time-around-the-final-volume-of-john-richardsons-biography-of-picasso) という記事によると、というか本人サイトで読めるから、わざわざ NYT のサイトを paywall 越しに読む必要なんてないのだが、その記事によれば、残念ながら出版された最終巻はピカソが亡くなる30年も前の時点で絶筆となっているらしい。したがって、非常に丁寧に書かれている評伝ではあるものの、作品としては不完全なままである(もちろん「完全」とは何かとか、ピカソが死ぬまで書くべきなのかという問題は議論して良いが、少なくともリチャードソン当人は不本意であろう)。