Scribble at 2024-09-25 16:04:43 Last modified: 2024-09-25 16:27:15
これは、もちろん学部時代に法学部法律学科の学生として学んでいた頃から感じていたことなのだが、それから30年以上が経過したにもかかわらず、法律書のタイポグラフィの稚拙さというか程度の低さは、一向に改善されていない。まるでスキルの向上していない老人だけが法律書の版下をデザインしているのかと思いたくなるような、敢えていうが悲惨な状況だと言って良い。これなら、まだデザイン専門学校の優秀な学生に任せたほうがいくらかマシではないか。もちろん、僕はプロの DTP デザイナーでもあるから報酬次第でいくらでもアドバイスしてやれるが、僕は偽善者なので、こうやって無償で欠陥を丁寧に指摘してあげようというわけである。
上の画像は(気づいている人はいると思うが、僕は当サイトでは視覚障害者を考慮して「上は」などと書いたりせずに「上記の画像は」とか「この投稿の冒頭でリンクしているページは」などと、敢えて回りくどい表現を使っている。ただ、これはこれで逆にそういう事情を知らない人にとっては面倒臭い書き方をすると思われるだけなので、文脈から何を指しているのか分かる場合は、簡略な書き方も使うこととしたい)、龍田 節、前田雅弘『会社法大要』(第2版、有斐閣、2017)の紙面である(以下、「本書」と言う)。この紙面のタイポグラフィには、少なくとも囲んでいる6箇所の問題があり、更に詳しく検討したり指摘できるかもしれないが、ひとまず芸大のグラフィック・アート学科の演習レベルとして、こういうことをきちんと指摘できなければ、プロとして印刷物のデザインに関わってはいけない。
(1) まず、タイポグラフィの基本は最低限の書体数とバリエーションと文字サイズに制約するということだ。もちろん、古代の石版に掘られた文字のように全く均一の文字サイズだけでは、見出しなどの論理的な構造がわかりにくくなるため、必要に応じて文字のサイズやインデントなどを使う。しかし、こうした技法は未熟なものに使わせると簡単に濫用されてしまい、ジジイの作る資料とか馬鹿営業の企画書のように、ありとあらゆる書体や文字修飾をごった煮にすることが多い。そして、本書の場合も「第4章」と表記するにあたって、数字だけを特別に大きくしているが、こんな必然性はなにもないし、視認性の観点から言っても大して効果はない。
(2) 同様に、セリフ体とサン・セリフ体の書体を混在させるには、それなりの根拠が必要だ。しかし、本書の版面を見る限り、デザイナーとしてそういう説得力のある根拠があって混在させているとは到底思えない。また、「第1節」の箇所を見ると分かるように、数字のウェイトが「第」や「節」と合っていないし、それどころか一つ上の大きな見出しである「第4章」で使われている数字よりもウェイトが高い。こんな不整合に頓着しないというのは、はっきり言って素人のレベルだ。また、同じく (2) の丸で囲んでいるが、下の方にもう一段だけ下位の見出しとして「1 機関の分化」とあるが、ここで使われている数字が slant (たぶん意図的にデザインされた Roman ではなく、単純に明朝体の数字を傾けただけの「インチキ斜体」と言われるもの)になっている根拠もわからない。こんなことをして何の意味があるのか。
(3) 本書の紙面をざっと眺めて、まずプロのデザイナーがたいてい持つであろう感想は、カーニングが甘いということだろう。つまり、文字同士の間隔を殆ど調整していないということである。Adobe InDesign CC のようなアプリケーションだと、テキスト・グリッドに文字データをペーストしただけの状態で段落スタイルを適用していないと、こんな感じのディフォールトの文字間隔となっていて、要するに文字同士が空きすぎているのだ。ふつうのデザイナーは、ここから optical、欧文が混在する場合は metrics を指定して、そこから細かく調整していく。つまり、カーニング調整の初手すら設定していないのではないかと思える紙面になっている。文字の間隔は、もちろん詰まりすぎていても空きすぎても読みづらい。そして、ディフォールトでは文字が詰まりすぎることを嫌って、最初から間隔が十分に空いているのだ。こんなことはデジタル・データで DTP をやってるならアマチュアでも知っていることだ。
(4) 注釈の表記は、横書きの場合は文字の右肩に付けるのが標準である。HTML で言う sup 要素がディフォールトで右肩に表示されることでも分かるだろう。本書の注釈の付け方だと、赤丸で囲んでいる事例では、"3)" という番号が「い」にかかっているのか、それとも上段の「それ」に付けられているのか、おおよそ前者だとは思うが紛らわしいことは確かだ。どうしてこんなイレギュラーな位置に注記の記号を配置しているのか、これもぜんぜん意味がわからない。スタンダードでないことをやるなら、その根拠がなくてはいけないのであって、クリエーティブとは(無能な人が思うほど感覚的なものでも場当たりでもなく、むしろ)理屈の成果であって、思いつきや出鱈目のことではない。
(5) 脚注の文字サイズが、僕には大きすぎると思える。一般論としては本文よりも 1, 2 ポイントだけサイズを落とすものである。もちろん、文字は読めてなんぼであるから、無理に読めないサイズにするのは愚かだが、文字が大きいせいで行間が狭くなり、却って紙面としては文章を追い辛くなってしまっていると思う。これは、脚注でもカーニングを適正に調整していないからであろう。
(6) 最後に、本書の本文を別の場所から参照するためのリファレンス用として、「013.1a」のような記号が使われているのだが、これが condensed になっていて非常に読み辛い。僕は数字に限らず condensed 体というのは文字サイズが極端に大きい見出しや表紙、あるいはポスターなどに使う字体であって、本文に使うものではないと思う。現に本文でこんな字体を使っている事例は、みなさんも殆ど見たことがないと思う。単純に読み辛いからだ。そして、こういう用途で使っている文字を condensed にしなくてはいけない必然性もない。通常の幅で表記してもレイアウト上で枠から飛び出すとは思えないからだ。いや寧ろ、枠から飛び出してしまうほどの長さになるなら、そういうリファレンス記号は文字列としての規則性の設計に問題があるのだ。本文の特定の行を指し示したいだけなら、ページと行だけを [65-23] のようにすればいいだけであり、これなら長くても6文字以内で全ての箇所を参照できるはずだ。そもそも、参照すべき箇所を表記するのにピリオドを使っている理由も、いまいち分からない。図書分類記号か小数のように見える。