Scribble at 2024-05-22 13:24:54 Last modified: 2024-05-22 18:21:14
ここでは何度も書いてることだが、「文系のみなさん」なんて言ったとたんに、自分は何か真実を分かってる「理系さま」の側にいて、言葉遊びしてる連中とは違って、役に立つ、そして宇宙の真理に迫る科学に携わっているのだとか錯覚してる人がいたりする。たとえば山形浩生氏のように、実際のところ理数系の学位なんてもってない NRI のコンサルが、こういうフレーズをばらまいてるわけだよね。
かつて山形氏もアクセスしていた黒木掲示板という伝説的な、僕に言わせれば理数系オタクのエコー・チェインバーにすぎなかったと言えるわけだけど、あそこを眺めていた20年くらい前には、それこそ2ちゃんねるみたいな掃き溜めとは違った何かを期待させるものはあったんだけど、結局はなんにもならなかった。総じて言えば、「文系のみなさん、僕ら理系のように世の中に貢献したり宇宙の真理へ迫れるように、もっと微積分や統計学を勉強してがんばろうね」みたいな、お高く止まった、しょせんは日本の高等教育というぬくぬくとした環境で守られているだけのスノッブどもの遊び場だったわけだ。まだ、あそこのメンバーが揃って(左翼で言えば柄谷行人とか島田雅彦とかが大好きな)、何かのメッセージを掲げるサイトとかを立ち上げなかっただけマシと言えるていどだね。
そもそも、ぼくら(科学)哲学に携わるものにとっては、そんなことはどうだっていいし、そういう自意識をいくら弄んでも、それこそ事象そのものへ迫る成果なんてなんにも出せない。実際、分野の違いがどうあれ、現実に業績を為した人々で、そういう自意識話をせっせと発言したり書いている人なんていない。たとえば、デイヴィッド・ドイッチュが「文系のみなさん、もっと物理を学ぼうよ」とか言うか? あるいはマリリン・ストラザーンが「理系のみなさん、もっと現実の社会を眺めようよ」とか言うか? 自分たちの熱意や関心を注ぐに値する目標やテーマがある限り、そんなことを言う必要もなければ動機もないのが、真に有能な人々の仕事であるし、生き様というものだろうと思う。結局、他人に向かってこういう牽制だとか非難だとか、翻って言えば自意識話をしてる連中というのは、それを書いたり言ったりすればするほど、現実には有用な結果も出さず、インパクトの大きな業績も残しておらず、つまるところ自分が無能だと宣伝しているようなものなのだ。マックス・テグマークの why vs. how の脈絡とは違うけれど、フレーズとしてはまさに "Shut up and achieve your task" だと思うね。君ら学者は成果だけ出せばいいし、それが私学だろうと公立の教員だろうと間接的にわれわれの税金で食ってる君らの揺るぎなき使命なのだ。少しは黙ってろと思うね。X に入り浸ったり、掲示板の運営なんてやってる場合じゃないんだよ。