Scribble at 2025-11-05 17:36:44 Last modified: 2025-11-06 07:59:30

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『世界は圏論でできている』(ユージニア・チェン、川辺治之/訳、森北出版、2025)

講談社ブルーバックスから加藤文元氏による『はじめての圏論 ブンゲン先生の現代数学入門』が出ることは知っていたけれど、チェン氏の入門書が再び翻訳されるとは思わなかった。一冊目の入門書はケーキ作りに倣った読み物といった感じだったが、さきほどジュンク堂で眺めてきた本書は、もっと概論に近い書き方や構成の本であり、入門書と言うには程度が高すぎるように思う。

それに、この値段だ。入門書に7,000円を軽く投じるなんて、都内で新築マンションのローンを余裕で組める上場企業の新卒や国家官僚ならともかく、平均年収が300万円と言われている日本の大半のブルーカラーの下請けコーダとか「SE」と呼ばれている営業の諸君が、どうやって入門書にこれだけの金額を出せるのか、逆に僕は浪費だと言いたいね。

おまけに、いまだにこの文化後進国でエンジニアから圏論が関心を集めているなどというマーケティング担当者がいたら、悪いことは言わないから配置転換してもらうか別の業種へ転職した方がいいと思う。コロナ禍とは関係ないが、おおよそ5年ほど前には、渋谷あたりの暇な起業家の小僧や上場企業で勤務の合間にオライリーの翻訳とかしてるお飾りエンジニアどもが勉強会を公に広報するなんていう空っぽのパフォーマンスを繰り広げていた時期は終わってしまって久しい。たまに圏論も取り上げていた Papers We Love のような海外の勉強会ですら、(こちらはコロナ禍の影響を直に受けて)とっくに終わってしまっている。それに、圏論を扱ったブログ記事やメディアの解説なんて Hacker News や Reddit でも殆ど話題にならない。活用するだけの事情や素養がある人間は、もともと活用しているだけにすぎず、新しく習得して活用できる者はとっくにやっていて、実は海外でも国内でも、「圏論ブーム」というのは、既に活用している彼らが出版社や数学プロパーと一緒にでっち上げたデタラメにすぎない。もともと圏論を習得する動機も事情も素養もない凡人に圏論は無用であるし、ロジックの勉強すらしていない大半の STEM 馬鹿や、アルゴリズムの勉強よりも自社の株価にしか興味がない Google や Amazon や Salesforce のエンジニアなどが、いきなり圏論の本だけを読んで抽象的な議論についてこれるわけもない。

つまり、これは他の資格ブームやサムライ商法でもよくあることだが、いつまでたっても十分に習得し活用できない人々を、既に習得して活用している人々が、色々な意味で乗り越えられない壁があることを分かったうえで、習得できれば何か良いことがあると煽って、結局はものになるわけもないと分かっていながら、次から次へと発売されるテキストを買わせたり MOOC 講座を受講させたりしているにすぎない、はっきり言って悪質な構図なのである。

僕は、数学に限らず哲学や学問全般についても、ウィトゲンシュタインのアイデアがまともだと思っていて、アクセスするチャンスは常に提供できるような文化的基盤を整備するべきだとは思うが(公共図書館もその一つだ)、そのときの事情や動機などに照らして必要ない人間に哲学や数学を教えたり学ばせるのは、はっきり言って無責任である。そして、そういう学ぶ理由や目的が当人にないなら、それを演習課題のように「目的意識」だの「問題意識」だのと捏造させるのではなく、やはり生活している中で気づいたり思い当たるようなところから出発できるような基盤を整備することが望ましい。改めていうが、都内のインチキどもが続々と書いている通俗哲学本や数学の俗書に、そういう真に困難な課題を果たすのは到底無理である。幼女や女子高生のスケベ漫画を概説書に掲載するも同然の愚かで浅薄な通俗化など、本当の啓蒙の役には立たないし、世俗のマスコミ的な関心だけで「宮崎アニメの分析哲学」みたいな本を出したところで、有能な批評家の足元にも及ばないわけで、「東大を出ていてもアニメを観ている僕って、なんてヤングや凡人に寄り添った良い分析哲学者(科学哲学者)なんだろう!」などという腐臭を書店の本棚から漂わせるだけだ。(そもそも、最近の連中がインチキなのは、たとえば本気で宮崎アニメの「分析哲学」をやるなら、彼の全ての作品に書かれたセリフの、まさしく「言語分析」をやったうえでものを書くべきなんだよな。そんなことすらしてないで「分析~」とか言ってるから、ああした手合は哲学史という点から言ってもインチキなんだよ。)

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