Scribble at 2026-05-12 08:14:56 Last modified: 2026-05-12 18:24:46

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#Gemini(議論のポイントを的確にイラストにしているとは言い難いが)

朝からアマゾンで洋書のリストを眺めていて、相変わらず724円とか微妙な価格設定で大量のメモ帳が「書籍」として出品されている状況にウンザリしながらも、別のことを考えていた。なお、このインチキ出版物の膨大な羅列という件は、実は PHILSCI.INFO でいつか記事にしようと思っていたのだけれど、公開するサイトという事情だけでページを作るのに逡巡するのは馬鹿げている。いまや当サイトだけで考えていればいいのだから、そのうち当サイトで論説としてまとめようと思う。ていうか、学術研究者の誰も話題にしないのが不思議でしょうがないんだよね。日本の学術研究者って、日本のアマゾンで専門書を買うどころか検索すらしたことがないんだろうか。ともあれ、それは別の話である。

さて、朝っぱらから考えていたのは、こういうことだ。小売業において、「在庫が経営を圧迫する」と言われる最大の要因は、多くの人が誤解しているような倉庫の賃料や管理費といったコストではないんだよね。もちろん、これらのコストが無視できるとか重要でないと言いたいわけではない。ここで書店を題材にすると、日販や東販のような取次会社から配本された書籍や雑誌は、店頭に置けないものは書店で借りている倉庫に保管する。扱う点数が多いと、もちろん倉庫に大量の出版物が積み重なることとなる。これは確実に賃料というコストがかかる。しかし、どういう事情や条件があろうと在庫は必ず想定しなくてはならない。そういう意味では、倉庫に収納する物の数量に応じて賃料が変わるなんて馬鹿な契約でもしていない限り、倉庫の賃料そのものが経営を圧迫するなんてことはありえないのだ。それは、小売りの事業をやるなら最初から想定しておくべき「投資」の一種と考えるべきなのである。それに、個人経営の小規模な書店だと店舗の中に在庫となる出版物が保管されるので、追加のコストとは見做されていないだろう。

したがって、在庫の本質的な問題は、倉庫にある商品が現金化されていない不良資産として停滞し、キャッシュ・フローを悪化させるという資金の固定化が起きることであり、それに加えて、倉庫に商品が停滞しているあいだに商品の価値が逓減することである。特に出版物の場合は定価販売だから、倉庫の賃料や管理費を将来に販売する書籍の価格へ転嫁できないし、いま販売している書籍の値段を小売店が勝手に改定することもできない。このような議論は、管理会計の実務家ですら往々にして錯覚しており、「在庫で経営が圧迫される」なとと言うのだが、そもそも倉庫を借りているくらいで経営が圧迫されるような会社が事業を営むこと自体が間違いなのである。話はもっと簡単なことであって、経営が圧迫されるのは商品が売れない(売れない本を取次会社から引き取った)からであり、売れないからこそ不良在庫として倉庫に保管し続けることになるのだ。つまり、倉庫に大量の商品が死蔵されているという事実は売れない商品を引き取ったということの結果なのであり、経営状況が悪化する原因なのではない。

ここでやっとアマゾンの話になるのだが、アマゾンという企業のビジネス・モデルが EC 事業として優れていたのは、何か画期的で革新的なアイデアを創業者のジェフ・ベゾスが思いついたからではない。そうではなく、「在庫」とはどういうことなのかという本質を正しく理解して、在庫によってキャッシュ・フローが悪化する原因、つまり商品が売れない理由を、商品の品質というよりもマッチングの不備にあると捉えなおしたことにあると思う。そしてアマゾンは、商品が売れてから仕入れ先に代金を支払うまでの期間をコントロールして独自のキャッシュ・フロー構造を作り上げたわけである。マッチングのミスを解消すれば売れることが確信できている状況下では、在庫はキャッシュを生み出すためのレバレッジとして機能するようになる。在庫を抱えているという事実を「商品がいつでも買える」という価値に転換させて、在庫という状況をオンラインの小売り事業者としての強みにしてしまったのである。

そうすると、アマゾンが展開してきたロング・テールというコンセプトの意義も見えてくる(もちろん、「ロング・テール」という標語そのものは、経営学の大半がそうであるように、学者や評論家の後知恵である)。一般的な小売店にとって、たまにしか売れないニッチな商品は棚を占拠するだけであり、売れていた筈の本を並べられないという機会喪失の原因である。しかし、アマゾンは EC サイトという「いくらでも商品を並べられる棚」を活用するとともに、物流センターの高度な自動化と、マーケット・プレイスによる在庫のアウトソースを組み合わせることで、この問題を解決した。ここで重要なのは、アマゾンにとっての「商品」とは、もはや物理的な物品ではなく、必要としているユーザに商品をマッチングさせる情報である。

どんなに珍しい商品であっても、インターネットを通じて検索して見つけられるようになった、それを必要とする顧客と正しくマッチングさせる仕組みさえあれば、それはもはや不良在庫ではなくなり、発送まで倉庫で待機しているだけの扱いとなる。アマゾンは、膨大なデータを駆使して購買意欲と商品とを結びつける検索エンジンとしての機能を磨き上げ、商品が滞留するリスクを構造的に取り除いた。これは、マーケット・プレイスに参加する企業や商店にとっても有利だったのだ。つまり、彼らは物品の小売という形態をとりながら、その実態は情報の流動性を高めた検索エンジン企業であると言い換えることができる。それゆえ、検索結果や検索機能の品質が問われるわけであり、これまでも書いてきたことだが、洋書のカテゴリーに並ぶ大量の「書籍と称するメモ帳」を放置していたり、あるいはそれらを除外する簡単なオプション(KDP などを利用した "independently published" な商品を除外するだけでよい)すら実装しようとしないアマゾンのスタンスには、何か意図的なものを感じるわけである。

ともあれ、結局のところ「在庫」と雑に(間違って)言われてきた問題の解決策は、倉庫を借りずに経営することやストックする商品を減らすことにあるのではなく、予測精度を高め、検索性を向上させ、資金効率を最大化するという、極めて高度な情報管理と、管理会計としての正確な意思決定の中にある。このことを理解しているかどうかが、物理的な制約に縛られた旧来の小売業と、デジタル・プラットフォームとして君臨するアマゾンとの決定的な差になっているのだろう。

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