Scribble at 2022-07-13 09:23:37 Last modified: 2022-07-13 09:28:25

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応用の話題として楽しいけれど、結局は日本の大学生とかエンジニアって終わっちゃうんだよな、こういうレベルで。文科省が子供に「プログラミング教育」と称して、なにやら次世代のゲイツだジョブズだ日本から Google や Amazon のような〈支配的〉企業を生み出すんだとスケベ根性まるだしで IT ベンチャーとかゼネコンに授業や補習を丸投げするらしいけど、エンジニアとして言わせてもらえば「愚鈍」の一言に尽きる。IT においても「ものづくり」と称して、上記のような小手先のテクニックばかりを洗練させて「バえる」パフォーマンスにしか興味のない連中同士がオタク競争に終始しているのが、この国の実態だ。学問や技術の進展なんて、実はこんなパフォーマンスを何億回と続けようと生まれない。なぜなら、本当のところ上記のようなお遊びでやってるのはモデルやパラメータの調整にすぎないからだ。

ゲイツもジョブズも幼いころからビジネスを手掛けたり、あるいは色々な大学や会社で経験を積んだりして、ごくあたりまえに人生経験とビジネスの経験を積んでるし、それに加えてデザイン(ジョブズはタイポグラフィを学んだ)やプログラミング(彼はマシン語や LISP や FORTRAN も書ける。VB しか書けないのは日本のゼネコン「工員」だけだ)も凡庸な人々を超えるレベルで習得している。そして、彼らのそうした生き方なり学び方は、当時の社会や教育や経済という制度だとか、その時代にだけありえた特殊な状況や、他にも人間関係など色々な事情に依存しており、同じことを〈やる〉だけでは同じ結果なんて出てこない。

もちろん、僕が普段からプログラミング教育なんかよりも英語と数学の授業時間を増やすべきだと言っているような提案も、それだけでは不十分だし、どのみちそれをやったとしても 99.9999% の人は別に IT ベンチャーの CEO になるわけでもないし、大半がプログラマになったりもしなければ、なったにせよ、結局は TIS や富士通の3次請けみたいな零細ベンダーに入社するか派遣され、生体産業ロボットとして総務省案件のコードを書くようになるだけだろう。大半の者はプログラマとしても凡庸であるか無能であるかのいずれかでしかないからだ。そこから何人が抜け出てくるかなんて、しょせんは学問や経営の世界でも同じように誰も分からない。こんなことは、社会科学的なスケールで言えば予測不能であるし、非常に成功率が低いとしか言えないだろう。よって母数を増やすために制度として無差別に広い範囲に実施するほかにないのである。もちろん、そういう公的で画一的な制度をすり抜けるような人材が、今度は別の分野で才能を発揮するというファンタジーもありえるが、それも最初から期待したり制御できるようなことではない。

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