2019年02月01日に初出の投稿

Last modified: 2019-02-01

児童相談所に19年間勤務した山脇由貴子さんは、「児童相談所が丸投げしすぎたのが1つの問題。学校側も親側に寄り添いすぎたという問題も。本当は、子どもを守ることが学校の優先事項なのに、(子どもの)安全を守るということが後回しになってしまった。『それをやる結果、悲惨な結果になる』と想像できなかったのが理解できない」と指摘する。

冷水シャワー虐待死「お父さんにぼう力を受けています」“いじめ”アンケートを教育委が父に渡していた…

記事を書いている人間は「被害児童がアンケートで発した悲痛なまでのSOSが、あろうことか教育委員会から虐待の当事者である父親の手に渡っていたのだ」などと、後からであればいくらでも言えるようなことを書いているが、「あろうことか」などと型に嵌った軽口を吐く暇があったら原稿を書く前に少しはものを考えてはどうか。フジテレビや産経新聞の記者なら街宣右翼か刑事なみにゴロツキとでも渡り合うのかもしれないが、教育委員会の人間にヤカラを相手にしたロールプレイ研修が実施されているとは思えない。

おまけに、この手の「親」と称するゴロツキが来たときに備えて公共機関の施設に警備員や警察官が常駐していないのは、長らく日本の治安の良さだと宣伝されてきたのかもしれないが、僕はこういう事案を昔から拾い上げてこなかった行政のごまかしだと思っている。恐らく過去にも同じような事案がたくさんあり、これまでは軽視されてきただけなのだ。そして、ご存知のように国や地方公共団体というものは、そういう統計をいくらでも勝手に自分たちの都合や思い込みに合わせて帳尻あわせしてきたのである。それはそうだろう。官僚や地方公務員に統計学や社会調査論の学位どころか素養を持っている人間など、0.0001% もいないし、正しい情報を調べて残すというインセンティブが日本の官僚や役人にはないのだから(過去の情報というものは、常に後から批判される材料にしかならない。なぜなら、いくらなんでも東大の学部くらいは出ているだろうから、自分たちがやっていることはロクでもないと分かっているからだ)。

そして日本に蔓延している、相変わらず事実や歴史を理解していない思い込みで、何かと言えば「親の立場」とか「親の想い」などという観念やフレーズを問答無用の価値や基準であるかのように振り回す愚劣な人々へのセンチメンタルな態度が、本当の(行政やマスコミが直視しようとしない)弱者を押し潰すことになるのだ。

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