Scribble at 2009-05-12 00:00:28 Last modified: 2009-05-12 00:00:28

どういうわけかは知らないけれど、「筋」の名前はよく覚えているのに「通り」の名前は頻繁に忘れる。大阪市内に住んでいる人はご承知かと思うのだが、南北に走る大きな道路には「~筋」という名称が多く、東西を走る大きな道路には「~通」という名称が多い。一覧はウィキペディアに詳しいのでご参照を。なお、大阪市立図書館のページによると、確かにそういう印象だけで一般論を語っても例外は多いわけだが、印象に残る主要な道という括り方で話をすれば、やはり南北を走る「主要な」道には「~筋」が多いと言えそうだ。で、繰り返しになるが、人に道を尋ねられたりタクシーに乗車したとき、とっさに「通り」の名前を忘れてしまうことが多い。これに対して、「筋」の名前は滅多に忘れない。これは何故なんだろうか。いや、生物学とか心理学の一般的な理屈を知りたいわけではなく、たぶん僕個人の特別な原因があるのだろう。まず思うのは、繁華街になっている区域で店が並んでいる方向だろう。千日前付近は例外かもしれないが、心斎橋や谷町四丁目や阿部野橋あたりの交差点に立ってみれば、明らかに「筋」に沿って並ぶ店の方が「通り」に沿って並ぶ店よりも多く、活気もある。また大阪市内で生まれ育ち、商売もやっていた父親から、大阪市内では「通り」に面した店で商売を始めても、なかなか成功しないという話を聞いたことがある。実際、長堀通りの地下にあるクリスタ長堀は大丸傘下となって再出発を図ったけれど、依然として苦戦しているようだ。しかし、単純に「南北に並んでいる店舗が繁昌している」というだけでは、いま目にしている事実を回りくどく言い換えているだけた。なぜ南北に並ぶ方が、人の流れも多くて繁昌しており活気があり、ひいては印象に残りやすいのかを説明できなくてはならないだろう。一つの考え方は、かなり昔に心斎橋の丸善がなくなった話を MD で書いたときにも思ったことだが、大阪市内を南北に走る道路は、南へ行こうと北へ行こうと、その先にミナミやキタという大繁華街や、難波あるいは大阪(梅田)という主要駅がある。大きな繁華街はおおよそミナミからキタまでの、御堂筋を中心にした区域に集中している。すると、東西の道は「筋と筋を繋ぐための副次的な道」という印象になるのかもしれない。実際、大阪市内で大きな道路は筋の方が多く、通りで大きな道と言われても、せいぜい長堀通や中央大通あるいは千日前通くらいのものだろう。オフィス街の中心を走る土佐堀通ですら、北浜よりも東は「狭い道路」という印象の方が強い。冒頭で紹介したウィキペディアには、昔は寧ろ大阪城から港までの東西を走る道の方が、主要幹線道路であったことを伺わせる記述がある。しかし人々の交通手段として鉄道が広まるにつれて、港や海へ向かう道路はマイナーになってくる。すると次に、キタやミナミが栄えていたから鉄道を通したのか、それとも逆かという問題に答えを出さなければならない。そう思うと、大阪の街の歴史にもかかわってきて興味深い。

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