Scribble at 2021-01-27 16:00:30 Last modified: unmodified

なんで地方のマイナーな文化財のサイトを作ろうとするのか。もちろん個人的な体験にかかわる愛着というのも一つの理由だが、それ以外にも(というか、それゆえ)マイナーな文化財について興味をもって調べたり情報を整理して公開するというのは、色々な国で色々な人がやっているけれど、しょせんは僅かな数でしかない。そして個々の事例を眺めると、やはり情報を公開している人の興味とか知識によって一定の偏りがあるし限界もある。したがって、可能な条件があればできる人が(考古学のプロパーであるかどうかは関係なく)やればいいのである。確かに、素人なりの無知や不見識があろうし、場合によっては意図的な捏造を情報や解説の一部に仕込むような手合もいることだろう。それは、ウィキペディアでもお馴染みの事実である。

それから、いま名前を出したウィキペディアにしても、意外と個々の項目の記述は薄い。僕が山畑古墳群や東大阪市立郷土博物館を紹介するサイトを作ろうと思った、もう一つの理由はこれである(「東大阪市立郷土博物館」の記事で編集履歴をご覧いただくと分かるように、記事がなかったので起稿したのは僕だ)。僕は保育所へ行っていた頃から自宅にあった小学館の百科事典をデタラメに広げて読んだり、付録の仏像写真集を見るのが好きなガキだったのだが、百科事典に書いてある事は殆どが消化不良の質と量しかなく、それこそ〈辞書的〉な説明でしかないのをガキなりに不満を感じて育った。確かに、当時は紙の媒体しか無く、「マルチメディア」なんて言葉すら存在しなかったのだし、物理的・経済的な制約というものがスケールとして小さかった。しかし現在は、もちろん物理的・経済的なスケールでの制約はどのみちあるにせよ、スケール単位のコスト(制作したり維持するコスト)が極端に低くなったおかげで、百科事典に記載された記述を遥かに超えた質と量で、しかも僕らのようなアマチュアが公に情報を公開できるようになった。デマを吹聴するような動機で活用する者もいるにせよ、端的に言ってコスト・パフォーマンスが優れた情報伝達、情報公開、情報共有の手段として活用しない手はない。

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